私の勝ち

「私の勝ち」

小学3年生の頃、僕には4人の友人がいた。というより、いたような気がした。記憶が曖昧なのですが、あの出来事だけは覚えています。
7月か8月か、いつかは分からないけど、夏だということはわかります。当時よく遊んでいた友達と遊んでいました。名前は覚えていないので、それぞれ、A、Ｂ C Dと呼ぶことにします。もう日が暮れてきた頃、僕らが遊んでいた中に、1人の女の子が、
「いーれーて」
と言って混ざってきました。誰も女の子のことは知らないのですが、自然と溶け込むように、僕らの間に入ってきます。どこにでもいる無邪気な女の子。しかし、僕らには門限があるので、6時までには帰らないと行けません。
「わりーけど、もう帰らんと行けんから。また今度な。」
とAが女の子に言います。それで、僕達が公園から出ようとした時、
「あっつ！」
思わず声が出ました。直接何かがある訳ではありませんが、夏に長時間停車していた車に入る時みたいな、空気が熱いっていう感じ。しかも、その何倍も熱いんです。
「は？なんだよこれ？」
と言ったとき、後ろから
クスクスっていう笑い声が聞こえました。さっきの女の子です。続けて僕ら5人に言います。
「ねぇ。もしあんたたちの誰かが私に勝ったら、公園から出してあげる。」

女の子は、公園の木下まで行くと、ちょうど低い枝がある場所の下に、人1人立てるくらいの、小さな円を描きました。そして、女の子は、あの低い枝を指差して、
「あの枝からジャンプして、ちょうどあの丸の中に着地出来たら、私の負け。誰か1人でも成功したらいい。簡単でしょ？」
女の子はそう言ってまたケラケラと笑います。するとAが、
「6時までに帰らんと行けんのんじゃ。こんなもんさっさとやって帰らせてもらう。」
と言って、Aが木に登ります。そして、木からふっとジャンプしました。しかし、Aの左足はどう見ても、線からはみ出ています。
すると女の子がケラケラと笑って
「私の勝ち」
と言います。するとその瞬間、Aがふっと消えたんです。本当に一瞬。まるでAだけの空間をごっそり削り取ったように、Aが消えたんですよ。
そして、それと同時だったんです。Aが僕ら4人の記憶から消えたのは。
始めからそんなやついなかった。というように、今度はＢが、
「じゃあやってやるよ」
と言って気に登ります。Aが消えたことも分からないし、Aの存在すら僕らの中にはありません。
次はB。Bも木から飛び降りたのですが、円の中には入らず。

そしてBも消えていく。もちろん。僕らの中にBはいない。
そして、CもDも木から飛び降りていき、失敗し、消えていく。もちろん僕の中からも。最後に残ったのは僕だけ。しかしその時の僕は、始めから1人だったような感覚でした。しかし、夕暮れ時の公園にいる僕は、妙な虚しさにかられていました。目の前には、クスクスと笑う女の子。当時の僕は木登りなんて出来ません。今では、当時、自分でも何を考えていたのかは分からないのですが、気づくと僕はゆっくりと歩いていました。そして、木のちょうど下にある小さな円の中に入り、左手で、木に触れました。ほんとに自分でも何をしているか分からないんです。しかし、まるで何かに取り憑かれたように、体が勝手に動いていた。その時です。僕の脳裏に、さっきまで忘れていた4人が浮かび、そこでやっと4人の事を思い出したんです。すると女の子がまたクスクスと笑い、
「君には……負けた」
そう言ってさっきまでの友人らと同じようにスーッと消えていきました。
しかし、友人ら4人も、その女の子も。僕の頭の中にいるだけで、公園にいるのは、僕1人。みんな、戻ってくることはありませんでした。
もう3年も付き合いのある友達がいなくなっても、悲しくもなく、別に怒ってもいない。ただ虚しいだけ。その日僕は1人で家に帰りました。
僕が小学四年生になる頃には、その町を引越しました。それからどんどん歳を重ねるにつれ、その4人の友人のことは、だんだん記憶から消えていくんです。顔も、姿も、名前も。高校生になった今の僕は覚えちゃいない。
ああ、あと最近。引っ越す前の地域に、7年ぶりに寄ったんです。
夕方、懐かしいなーみたいな事を思いながら散歩してると、公園の方から、子供の声が聞こえて来たんです。
「俺に勝ったら家に返してやる。」
「はぁ！？なんだよお前!!」
みたいな感じで、男の子に、口々に周りの子供が反論していきます。
しかし、あの「俺に勝ったら家に返してやる」って言った子の声。どこかで聞いた事あるような、何故か懐かしい気持ちにまでかられました。しかし、いくら思い出そうにも、思い出せません。そして、これからも思い出せそうにはありません。