ネズミ色のパーカー
投稿者:吉備津之釜 (1)
「おかえりなさい、お母さ……あれ?」
確かにモニターにはお母さんの姿が映っていたのに、そこには誰もいません。
途端に恐怖心がぶり返してきて、私はもう一度カギを掛けようとして……。
「あ……」
自分の背後――誰もいないはずの廊下のほうから視線を感じたのです。
(見たくない見たくない見たくない!!)
あまりに怖くて振り返ったりはできず、ただただ目をつむり、身を縮こまらせるしかない私。
すると、まるでしびれを切らしたように、とん、とん……とん、とん……。誰かが私の肩を叩きました。
それでも無視していると、ぐいっと無理やり顔を振り向かされ、聞いたことのないような低い声で、
メ、ヲ、ア、ケ、テ。
頭ではダメだとはわかっていても、勝手に目が開いてしまうのです。
怖くて絶対に見たくなんてないのに、私はそれを真正面から見る形となりました。
そこに立っていたのは想像していた通り、ネズミ色のパーカーを着た女の人。
顔はちゃんとあったと思うのですが、今となってはほとんど思い出せません。
我に返ったときにはお母さんに抱きかかえられていました。
「なんでこんなとこで寝てるの?」
女の人の姿はどこにもなく、お母さんに話しても「怖い夢でも見たんでしょ」と言われてしまいました。
「本当に夢だったのかな」
その日以降、クマ公園には近づかなくなりました。
やがて小学校を卒業し、中学生になり、そんなこともすっかり忘れていたつい先日。
たまたま自転車で公園の前を通り過ぎたのですが、道路からの見通しも良い公園の、真ん中にあるクマの形をした大きな滑り台。
小学生たちが楽しそうに遊んでいるすぐそばで、ネズミ色のパーカーを着た女の人が立っているのを見た瞬間、あの時のことがフラッシュバックして泣きそうになってしまいました。
きっとあれは誰かのお母さんで、たまたまが重なった偶然の一致というやつなのでしょうが、またしばらくあそこには近づかないようにしようと思います。
退治しなくてわ。