描く像、見える影
投稿者:すだれ (27)
「見なくなった。後輩は『お祓いできた』って言ってたけど…なんだろうな、ソレ本当に店の端っこに見えるだけで、悪さしてるなんて思ってなかったし、今でも思えないんだよな」
後輩の一連の動きで、友人は自分が見ているもの…スケッチブックに記した存在に関して自信が無くなっていったという。後輩が本当に見えているなら、自分が見ているものは何なのだと。『男の子の怨霊』と『無害な棚』と、どちらが正答なのかと。
「体調崩して休んでた同期が復帰した時、後輩がソイツの背後を指差しながら『怨霊が取り憑いてる!』って叫び出して。同期は意味わからんって感じだったんだけど、強引にその場でお祓いされることになった」
その時俺目線で同期の背後に見えてたのはコレね、と、スケッチブックを指差す。身体に絡むほど長い胴体と鱗のような模様から蛇が連想される容姿だが、頭部に該当する部位は霞むように消えていて、胴体からは人間のものに酷似した腕が生えている。
後輩は同期に向かってお祓いを始めた。棚の時と同じ手順で、呪文を唱えながら指を縦横に切るように動かす。
すると、
「最後の呪文を言い切った後、同期が『痛い、痛い』って泣き叫んで苦しんで…同じタイミングで蛇っぽいのが背後から同期に手を回して、胴体から頭が生えてきて後輩に向かって金切声で何か叫び出した。後輩は同期の背中を擦りながら『もう怨霊は祓えました』って言ってたけど…」
「君の目線では、蛇のようなものは消えてないんだな」
「正直…怖かった。後輩が蛇からヘイト買ったのと、祓えてないのは何となく把握できたから。その後、同期は後輩の事避けてたし、後ろの蛇は頭は消えたけど後輩見かけると同期にしがみつくようになってたし」
「生えてきたという頭部は、蛇の形?」
問えば友人は部屋の隅に置いてあったチラシの束から一枚手に取り渡してきた。目を通す前に気構えをしていなければ、引きつった悲鳴が出ていたかもしれない。
落ち武者のようにザンバラに乱れた長髪の合間から覗くのは比較的人間に近い形状の頭部で、しかし裂けた口の中や此方を睨む目の構造は蛇のソレのように見える。
あまりに仰々しく、悍ましく、伝わってくる憎悪や怨嗟の念が強いその頭部を、スケッチブックに描き記すのに抵抗があったためにチラシに描いたのだという。
「後輩は『怨霊は消えた』って言う。でも俺にはソイツがまだ見えてる。どっちが正しいんだろうって、俺が見てる景色の方が間違ってるのかなって。結構悩んだ」
「…なるほど」
「お前はどう思う?」
「そうだな…絞るための情報が足りないから、今から話すのはあくまで仮定だが…」
友人は顔を上げずに耳だけ此方に集中している。それでいい。
「君の見ているもの、後輩の見ているものは、実際に各々に見えていると前提して進める。これは君のスケッチブックを疑わないのと同様、現時点で彼女の言い分を否定するだけの根拠が無いゆえにだ」
「…でもそれだと矛盾しないか?」
「別の所から例を挙げるが、霊感を持つ複数人が同じ霊的存在を見た時、全く違う姿形として認識するという話は結構あるようだ。一方には女、もう一方には男の姿に映ったりな」
むくりと、友人が顔を上げた。
「モノクロの色調で見えたり、あるいは姿ではなく声だけが届くという者にも会ったことがある。これらの見え方は、我々のような大多数の『見えない』という捉え方と並行して存在しているに過ぎないのではないか」
一瞬だけ友人の目線とかち合う。
「つまり、このスケッチブックに記された君の見え方も、正答や間違いなどと結論付けてしまうのではなく。…数多にある見え方の一種であると」
「…これも1つの見え方なのか」
友人は呆けるように溢すと窓枠に視線を滑らせた。パキパキと音を立てているのは、気温差か、それとも彼にだけ見える何かか。
「自身には見えないが、君の目線にはそれらは確かに存在する。正しいとも間違いとも呼ばず、このスケッチブックは『事実』だ。他でもない君にとってのな。…それではダメか?」
「…何か都合よく言いくるめられた気分になるな」
「それは自身から垂れ流されてると評判の胡散臭さのせいだな。心外だが」
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