おまもり
投稿者:リュウゼツラン (24)
彼女の家の収入は母親の治療費に消えていたのか。だからいつも代わり映えのしないジャージばかりだったのか。
「お父さんね、私がもしこのこと誰かに相談とかしたら、お母さん死なせるぞって」
カナコは母親を人質に脅迫されていた。だから、どんな目に合わされても我慢するしかなかったのか……。
「家族は……親戚はいないの?」
「いる。市内に、叔母さんが住んでる」
「じゃあその人に助けてもらおうよ」
「でも、そしたらお母さん多分死んじゃうから」
カナコの目から涙が溢れ出す。自分が傷つけられた話をするよりも、母親が死ぬことを想像するほうがきっと哀しみが強いんだろう。
「じゃあ……我慢し続けるしかないの?」
「……うん」
子供の僕には解決策なんて思い浮かぶはずもなく、自分の無力さに強く歯噛みする。
「ごめんね。なんか、こんな嫌な話聞かせちゃって。忘れて」
目元を拭いながら努めて明るくそう言った彼女は、「そろそろ帰ろっか」と立ち上がる。
僕は何も言えず、自分の情けなさが悔しくて、まるでカナコに八つ当たりするかのように「じゃあね」と手を振る彼女を無視して帰路についた。
週が明けて月曜日になり、2日ぶりに顔を合わせたカナコはこころなしか僕と距離を置いている様に感じた。
帰り際の僕の態度が良くなかったのかなと反省し、周りに人がいないタイミングを見計らって「ごめん」と声をかける。「何が?」と、本当に心当たりがなさそうなカナコに「帰り。黙って帰ったから」と説明すると「あはは、全然気にしてないよ」と笑いながら歩いて行ってしまい、それ以上の会話を続けさせてはくれなかった。
それから僕らは何となく気まずい日々を過ごし、状況は変わらぬまま冬休みに入る。
専ら彼女と遊ぶのは放課後だったし、休日は会うことがなかったので、約二週間彼女と顔を合わせないことが寂しくもあったけれど、反面、どこかホッとしていた。
色々考えたけれど、カナコの問題は明らかに僕の手に余る事案だ。大人に相談しようともしたけれど、彼女の言うように彼女の母親が人質になっているなら、僕が勝手なことをした結果、万が一母親を死なせてしまったとなれば、何のためにこれまで彼女が耐え続けてきたのか分からないし、全てを無駄にしてしまうのだから。
そして、年が明ける。
新年早々雪が降り、道路を埋め尽くす積雪に町の人々は外出を控えるという選択をしたようで、外は誰一人として歩いている人間がいなかった。
僕はダッフルコートのポケットに両手を入れ、まだふわふわの雪を踏みしめながらカナコの家へと向かう。
学校が始まる前に一度ちゃんと話しておきたかったからだ。
冬休みになる前から、ずっともやもやしっぱなしだった。そして、僕はもっともシンプルで、もっともストレートな解答を導き出した。
僕はカナコが好きだ。好きな女の子が辛い思いをしているなら、そして、そこから救い出してあげることができないのであれば、せめてそばにいよう。隣りにいて、彼女を支えよう。愚痴を聞いて、一緒に哀しんで、そして一緒に笑おう。
それしかできないなら、それだけをすればいい。
僕の出した結論は、開き直りとも言えるだろうけれど、決して間違ってはいないと思う。
僕の家からカナコの家まで歩いて約10分。築年数の古い二階建てのアパートの一階に彼女は父親と住んでいる。
白い息を小刻みに吐き、ドキドキしながらアパートに着いた僕の心臓は止まりそうな程にショックを受ける。
玄関前で体育座りをしているカナコは、全裸だった。
胸が痛い。
最後に予想を裏切られた…
非常に面白かったです
貴方は、彼女を守ったよ。
歳の割に渋い割り切りしてんな、少年。
いい漢になるぞ。