見えない彼女

仕事で知り合ったN君から聞いた話です。
彼は大学を卒業してすぐ、バイトで貯めていたお金で車を買いました。
型落ちの安い中古車でしたが、初めて自分の車を持てた喜びはひとしおだったそうです。

隅々まで手入れし、毎週末は地元の街や、すこし遠出のドライブを楽しんでいました。
そのうち、友人たちから、しょっちゅうこんなことを言われるようになりました。
「昨日どこそこの交差点にいただろ、隣の綺麗な子は誰だよ」
「先週、あそこの道ですれ違ったけど、いつの間に彼女できたんだよ」

「信号待ちしてたとき、反対車線のお前を見たよ、可愛い子乗せていたな」

確かに「見た」と言われる場所と時間には、N君は車でそこを通りかかっていましたが、
そのころ、彼に彼女はいませんでしたし、そもそも、隣に女の子など乗せていません。
友人たちが口裏を合わせて、からかっているのだろうと思っていました。

ある日、近所の顔見知りの老夫婦からも、
「綺麗な彼女さんですねえ、私らにもにっこり笑って頭を下げて挨拶してくれましたよ」
と、言われたときは、背筋がぞくっとしたそうです。

その数日前、朝から遠出のドライブに出かけるとき、散歩している老夫婦とすれ違って、
N君は運転席から頭を下げて挨拶していましたが、もちろん助手席に女の子は乗せていません。
彼はそれからしばらくして、その車を手放しました。

かなり気に入っていた車だったらしいのですが、話を聞いた私が、
「まあ、確かに気味悪いし、仕方ないですよね」
と言うと、N君は、
「いやあ、さほど気味悪くもなかったんですけどね、そのとき付き合えるかもっていう女の子がいたんで……浮気とか二股を疑われちゃ、たまんないっすもん」
と、笑っていました。