高収入
投稿者:件の首 (54)
「パパ」と会ったのは、郊外のファミレスだった。
「よろしく」
彼は名刺を渡し挨拶をする。
スマートだが遊び人という感じではなく、金でも出さないと女に相手にされないくたびれたサラリーマン風でもない。
私が勝手に抱いていた「パパ」のイメージとかなり違う。
信頼出来そうなお医者様、という感じだ。
「仕事柄、色々な年代の感覚が必要でね。少々聞こえが悪いけど、パパ活サイトを使わせて貰ったんだよ」
照れた風に笑う。
1時間ほど食事しただけだったが、話題は興味深く話し方も落ち着く感じがする。
それだけで、お手当として1万円を受け取った。
こちらが楽しませて貰っただけで、申し訳ない気もしたが、遠慮はせずに受け取った。
その後、ヒナコと一緒に2回彼と会って、その次は二人きりで会った。
何度か会って、2ヶ月ほどで貰った手当の総額は100万円を超えた。
「――相談があるんだけど」
彼が切り出した。
「もう少しお金が必要なら、仕事に協力してくれないか?」
正直、魅力的な誘いだった。
貰った手当は、もうほとんど残っていなかった。買いたい物はいくらでもあったし、友達と遊ぶ時に奢るのも気持ちよかった。
「技術は要らないし、そこまで大変じゃないけど、守秘義務は負ってもらう」
そして彼は、クレジットカードを見せる。
「断るなら明日、これを返してくれれば良い。勿論受けるにせよ断るにせよ、それまでの間に、何を買っても構わないよ」
渡されたクレジットカードには、ヒナコのと別の医療法人名があった。
流石にリスクが大きすぎる。
私は、クレジットカードを明日返す事にして、使えるうちに大きな買い物をする事にした。
欲しかったアクセサリーを買い、メイク用品をストック分まで買った。スイーツ店をハシゴして気持ち悪くなった。
そして翌日。
カードを手放すのが、嫌になっていた。
仕事に呼び出された。
恐らくは「サポート」の事だろう。
でも、彼の雰囲気からして、本当に何かの仕事の可能性もある。
いずれにしても、使い放題のクレジットカードには釣り合う事に思えた。
駅前で待ち合わせた。
名前のよく分からない外車に乗って、町外れの病院にやってきた。
「ここはオープン前、というか、人員が集まらなくて開業出来ないまま放置されていてね」
無人の病院の廊下を歩く。
足音が異様に大きく響いた。
そして「集中治療室」とプレートのついた部屋に入る。
そこには、ヒナコがいた。
「あ、ミキちゃん!」
嬉しそうにヒナコが駆け寄る。
ヒナコは、和服みたいな襟元の、患者着を着ていた。
「……何、されるの」
「名医の条件って知ってるかな?」
彼がドアを閉める。
「手術の回数だよ」
「回数……」
「外科はメスで人間を切る訳なんだけど、これは自分の手で覚えるしかない作業なんだよ」
彼は袖をまくって見せる。
逞しく筋肉のついた腕だ。
「その習得がこれはもう体育会系でね。反復練習と手術経験がものを言うんだ。昔の軍医上がりの先生なんか、山ほどの患者を短時間で片付けていたものだから、その腕前は凄まじいもんだったよ」
ヒナコはにこにこしている。
「医大では、互いを患者として採血の練習なんかはやるんだけど、流石に開腹手術となるとやれないんだよ」
手術の……?
「仕事っていうのは他でもない、手術の練習台になって欲しいんだ。勿論、病気じゃないから開けて閉じるだけだ。多少の傷痕は残るけど、若いうちは回復も早いよ」
「先生、とっても上手なんだよ」
ヒナコは患者着の前を開いて見せた。
彼女の胴体には、無数の傷痕があった。そのうちの一つは、まだ赤みが残っている。
「麻酔するから全然痛くないし、万一悪いところが見つかったらタダで治療してくれるって。私も盲腸取って貰っちゃった!」
嬉しそうに話すヒナコと、その白い肌に無数に刻まれた傷痕を、私は見つめていた。
そして。
この終わり方が怖い
お大事になすって下さい。
詰み