ストーカー
投稿者:件の首 (54)
一昨日から、視線を感じるようになった。
私は経理事務をやっている。
地元の小さな会社なので、どちらかというとお茶くみや電話番の方が主で、忙しいばかりでやり甲斐はあまりない。
もっとも、この職場は近々辞める目処がついていた。
理由はいわゆる寿退社。
母から聞いた言葉なので、最近はあまり言わないだろうか。
相手は学生時代から付き合っていたヨシハルで、地元の広告代理店、というかフリーペーパーを作っている会社に勤めている。
先週末、ヨシハルのマンションに行った。
週末を一緒に過ごすのがいつもの事になっていた。
アルコールと平日の疲れからか、23時頃には、どちらともなく寝息を立て始めた。
ふと、目が覚めた。
隣りにいるはずのヨシハルの姿がない。
トイレにでも行ったのかな、と思っていたのだが、かすかにヨシハルの声が聞こえた。
誰かと話している。
そう気付いて、私はベッドを降りた。
リビングとの間をしきる引き戸から、光が漏れる。
『――分かってるよ、来週末はお前んとこ行くから』
ヨシハルは、電話をしていた。
『え? あいつなんて別にどうでも良いよ、腐れ縁だって』
引き戸に防音効果はない。
会話はほとんど筒抜けだった。
全てを聞くまでもなく、ヨシハルの浮気相手だと分かった。ひょっとしたら私が浮気相手だったのかも知れないが、結果はどちらでも良い。
踏み込んで怒鳴って別れるか。
すがりついて私だけを見てと懇願するか。
考えながら戸を開けた。
ヨシハルは、声が飛ばないようにしているのか、壁の方を向いてスマホで電話をしていた。
テーブルの上を片付けないままだった。
チキンを切り分けた包丁がそのままだった。
やはり、まだ視線を感じる。
やっぱり焼酎漬けは成功だった。
一番大きい梅酒瓶の中で、首だけにしたヨシハルが、見開いた目で私を見ている。
好きな人の視線を受けるのは、やっぱり気分が良いものだ。
何これ。
小説?夢?
ガサ入れ来ましたか。
この女の人ヤバみ