峠の車中泊
投稿者:Naminori/C (2)
この頃になって親父は漸く意識がはっきりとしてきて、この事態の異常さ加減を認識し始めていた…。
こんな真夜中にこんな場所で人が目の前に現れた挙句、一緒に車の中に入れてくれとは…。
仮に生きた人間だったとしても気味が悪いと感じざるを得ない。
そして、今目の前にいる人は生きた人間ではないかもしれないという疑いも感じ始め、完全にビビりをかました親父は情けなく裏返った声で咄嗟にこう返した。
「イヤ…、チョットデキマセン。汗」
後から思うと、ちょっとできないとはどういう意味なのか、今ひとつ理解不明な返事ではあったが、この時は完全に動揺していたので仕方がない。
その返事を聞いた途端、女は僅かにムッした表情に変わったという。
そして次の瞬間、恐ろしい事が起きた…!
突然女が片腕を伸ばし、僅か3㎝ばかり開けていた窓の隙間に手を突っ込んできた。
女は僅かに開いた窓の隙間から中に腕を入れて内側から強引にカギを開けようとしたのである。
当然だが、雨除け付きのたった3㎝しか開いてない車の窓の隙間に、いくら腕が細い女性が手を伸ばしたところで人間の骨や関節の構造を考えれば、せいぜい指が入るまでがいいところで、腕を捻じ込んでカギの位置まで手指が到達することなど到底あり得ない。
ところがその女の腕は手首から骨や関節が無くなったかのようにグニャリと変形し、なんとカギの位置まで僅かの時間で到達しに来たのである。
親父は目の前で起きてる事がもはや夢なのか現実なのかも分からずパニックになりながらも、とにかく必死でカギの部分を押さえ、侵入を阻止した。
…が、その記憶を最後に気を失い、そのまま寝落ちしてしまった。
次に目が覚めた時は、既に辺りが薄明るくなっていた。
起きてすぐにハッとしたが、もうその女の姿は消えていた…。
昨夜の出来事は果たして夢だったのか現実だったのかと混乱しながらも、夢にしてはあまりにハッキリとした記憶が残っている事に違和感を感じずにはいられなかった。
…というのが親父から聞いた話だ。
元より怖い話好きだった俺は興味深々に親父の話に聞き入っていたが、ヒグラシの鳴き声と共に薄暗くなっていく森の雰囲気は、徐々にヒンヤリとした空気に包まれていった…。
長野には、真っ昼間でも地元の人は怖がって通るのを嫌がる峠がたくさん在るよ。
そういう峠に限って景色が素晴らしいから、何も知らない県外からの観光客が恐ろしいモノを見てしまい、ふもとのコンビニや民家に顔面蒼白で駆け込んで来る事、多々。
入れていたらどうなっていたのか…怖い
星が綺麗でも峠で車中泊をするのが凄い。