「いや、でも、買わない奴もいるでしょ」
田中が、食い気味に言い返す。
「おるよ」
婆さんがニヤリと笑う。
「お前さんたち、よく聞きなさいよ」
「確かに、お札を持たんで上に行く人間もようけおる」
「だけどもな、みんな、青い顔して帰ってきてな」
婆さんが俺達を見回す。
「ここで、お札を買っていくんよ」
「でも、一万は高すぎ」
田中がぼやいた。
婆さんが捲し立てる。
「そう思うかもしれんが、後で買うか、今買うかの違いじゃぞ」
「それに、札一枚で四人まで面倒をみられる」
「一人分、たったの二千五百円ポッキリじゃ」
婆さんが、ヒヒヒッと笑った。
「まあ、お客さんらは三人じゃから、少々割高になるがの」
口元が煌めいた。
「さあ、どうなさる?」
「ねえ、やっぱり、お札を買っといた方が良かったんじゃ…」
後部座席から、加賀が不安げに尋ねる。
「お前は、ビビりすぎ。そして、一万は高すぎ」
助手席の田中が、いつものようにおちゃらけて答えた。
「まあ、婆さんも言ってたろ」
俺も、加賀に声をかけた。
「ホントに出たら、帰りに買えばいいさ」
「うん…」
「それで、なんて書いてんのよ?」
田中の質問に、スマホをスワイプしながら、加賀が答える。
俺たちは、トンネル前で突入の手順を確認していた。
「えーっと、トンネル往復だって。スピード。遅ければ遅いほど良いらしいよ」
スワイプ。
「それで、トンネルの先で、道が急に狭くなるから気をつけろって」
「アレが出ても慌てるなって、アクセル全開で突っ込むと、助からないらしい」
「怖。その道、行き止まり?」
スワイプ。
「抜けられるけど、道が狭い、悪いで、おすすめ出来ないって」
「行きに出ても、頑張ってトンネルを戻れって」
スワイプ。
「お札があれば大丈夫。無かったら、帰りに買えだって」
「なあ」
田中が、うんざりしたように言った。
「そのサイト、あの金歯が書いてんじゃねーの?」
ちょっと、面白かった。
「よし、それじゃ行くか」
俺が言うと、二人が頷いた。
トンネル前で停車。やば、ちょっと緊張してきた。
「ねえ、少し寒くない?」
加賀がつぶやく。
「山の上だから、涼しいんじゃね」
「たしかに、それじゃ冷房切っとくぞ」
俺は、冷房を切ると、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
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