古井戸の白い手
投稿者:したださん (10)
これは私が小学1年生の夏休みに父方の実家で体験した、今でも何が起きたのか良くわかっていない出来事です。
父の実家の周りは田んぼと山ばかりで、まさに田舎といった感じの場所にあります。家も田舎特有の広い敷地を有しており、子供だった私は父の実家に行くたびに家の中も外も探検して回っていました。
そんな父の実家の敷地の片隅には井戸がぽつんと添えつけられていました。すでに使われていなかったその井戸は、木の蓋を被せられ更にその上にブロックを乗せて厳重に塞がれていました。
けれども塞がれているものを見ると開けたくなるのが子供。以前から井戸が気になっていた私は、小学生になって身長も伸び力も強くなってきたので、夏休みに父方の実家に遊びに行った時に、大人達の眼を盗んで古井戸の前に行きました。
ブロックは地面に引きずり下ろし、木の蓋をどうにか少しだけずらすことに成功しました。そして私は開いたその隙間から井戸の中を覗き込んだのです。
井戸の中にはまだ水が残っていました。木の蓋の内側から何かが落ちたのか、水面が何度も揺れていました。それ以外には何もないと思っていたら、揺れる水面の中から何かが、ぷかあ、と浮かび上がってきたのです。
最初、魚でもいるのか、と思いました。ですがよく目を凝らしてみると、魚ではありませんでした。
それは、手でした。
真っ白な手が、暗い水面を割るようにして浮かび上がってきたのです。
私はすぐに誰かが落ちたのだと思い込み、私は大人を呼びに走り出そうとしました。そして私が井戸から少し離れた時、背後で物音がしたのです。咄嗟に振り返ると、井戸の縁から、だらんと真っ白な手が垂れ下がっていました。
井戸の中にいたはずの白い手が、這い上がっていたのです。
それを見た瞬間、私は悲鳴を上げて逃げ出しました。そして母屋に駆け込もうとした時、ものすごい形相で飛び出してきた祖父に抱き留められました。私は祖父に必死になって自分が見たものを説明しました。祖父は私の話を聞くと「後は爺ちゃんがどうにかするから、お前は部屋に帰って寝てろ」と言って井戸のほうに向かっていきました。その祖父の背を見送った後、私は母の「そろそろ帰るわよ」と言う声で我に返り、そのまま自分の家に帰りました。
その後、祖父母の家から遠い土地に父が転勤することになり、祖父母の家に行く機会はめっきりと減ってしまい井戸のことは忘れていたのですが、つい先日、結婚報告も兼ねて訪れた際に伯父から井戸を埋め立てたという話をされました。その時に、幼い頃のあの恐怖を思い出し伯父に話をしてみたのですが、伯父はただ「夢でも見たんだろう」と言いました。
「だって親父はお前が小学校に上がる前に死んだんだから」と。
確かに祖父は私が幼稚園の頃に亡くなっています。でも、あの出来事が夢だった、とも思えないのです。だって井戸の蓋を開けた手は汚れたままだったのだから。
祖父は、あの手が何か知っていたのでしょうか。私が何も知らずに井戸を開いてしまったから、慌ててあの世から帰ってきたのでしょうか。
今となっては何もわかりません。
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