背戸のかくれん坊
投稿者:上龍 (34)
しばらくのち床の間に戸を発見し、這い蹲ってその中へ逃げ込みました。通路は隧道のように暗く息苦しく手探りで暗闇を進むしかありません。激しく泣きじゃくりながらひたすら先へ行くと、前方に細い光が見えてきました。
次の瞬間、通路の奥から打ち寄せてきた大水に飲まれてどこへやら運ばれました。
「ぷはあっ!」
大きく息を吸って顔を上げると井戸の底にいました。おそらく屋敷の庭にある井戸です。しかし私が知る井戸は何十年も前に枯れており、今は使われていないはずでした。
立ち泳ぎして上を仰ぐ私の耳に男女の口論の声が聞こえてきました。
「あんまりです旦那様、この子を取り上げるなんて」
「女房が使用人と通じてできた子を倅と呼べるか、恥を知れ!」
「お願いです、やめてください!」
女の人の絶叫が響き渡った次の瞬間、井戸に何かが放り込まれました。逆光を背負って落ちてきたのは生まれて間もない赤ん坊でした。
危ない、キャッチしなきゃ!
次の瞬間勝手に身体が動き、宙に両手をさしのべて赤ん坊を抱き止めていました。私に抱っこされた赤ん坊はおぎゃあおぎゃあと元気に泣き喚いています。
「よしよし、もうだいじょうぶだよ」
慣れない手付きで高い高いしてあやしてやると、赤ん坊が握りこぶしを振り回し、きゃっきゃっと笑いだしました。愛くるしい笑顔に癒されて表情を緩めれば、またあの男の子の声が今度はすぐ近くで聞こえました。
「かくれんぼうはおしまいだ」
正面に向き直れば、その声は私が抱き上げた赤ん坊が発していました。
「大丈夫、目を覚まして!」
「杉田さん?ここは……」
「かくれんぼの途中でいなくなったの、近所の人みんなでさがしたんだからね。おじい様もすごい心配なさってたわ」
杉田さんに揺り起こされる頃には既に夜が更けており、近所の人で構成された捜索隊が懐中電灯を持ってやってきました。私は庭の古井戸のそばで眠り込んでいたそうです。しかしその場所は数時間前に捜索隊が通っており、私がいないのを確認済みでした。
きょとんとする私のもとに祖父が歩み寄り、一言告げました。
「よかったな、無事弟が生まれたぞ。お前は今日からお兄ちゃんだ」
私が見たのは祖父の屋敷で過去に起きた出来事だったんでしょうか?そしてあの男の子は私の弟として生まれ変わったんでしょうか?
東京に帰る日、数日前の落雷で近所の楠が倒れた事を杉田さんに教えてもらいました。
チビりそうなくらい怖かったです。