御影守と御影様
投稿者:青鷺 (3)
重たい気分をひきずって豊の自宅に向かうと、着物に身を包んだ使用人さんが迎えてくれた。
緊張の面持ちで用件を告げた所「奥様を呼んできますのでちょっとお待ちください」と引っ込んでしまい、しばらく玄関で待たされる羽目になる。
どうやら奥様……豊の母親はアイツの看病をしているらしく、今さらながら体調が心配になってきた。
俺が逃げ帰ったあと影に襲われて怪我でもしたのか、あるいは高熱をだしてぶっ倒れたのか……不吉な妄想が膨れ上がり、いてもたってもいられず庭へと回り込む。豊の部屋は縁側に面していると予め聞かされていたからだ。
(無事かどうか確かめるだけ、元気でいるってわかればすぐ帰る)
庭の茂みに潜んで縁側を注視していると、障子を開けて母親が出てきた。そこへ使用人が合流し、連れ立って去っていく。
母親と使用人が角を曲がって消えた後、素早く庭を突っ切って呼びかけた。
「豊、大丈夫か」
障子の向こうから返事はない。豊の声も聞こえず不安と不満が募り行く。もう認めてしまうが、友達を心配しているなんて建前にすぎず本当の所は御影守と御影様の関係が気になって仕方なかった。御影様の正体が何なのかアイツの口からじかに聞くまで帰れないと思い詰めていた。じゃないと怖すぎてこのさき一生一人で寝れなくなる。
どれ位呼びかけた頃か、スーッと障子が開いて、やけに無表情で生気の感じられない豊が出てきた。ホッとして駆け寄り、どうしようもない違和感に襲われた。違和感の正体を探ろうと視線を下ろし、豊の影がもがいているのを目の当たりにする。
御影様がまた出てこようとしている!ぎょっとしてあとじさったものの、影の様子が変だ。
空き地で目撃した時とは違いこちらへの悪意や敵意は感じられず、手を振り上げて床を叩く動作からは切迫感が伝わってくる。
「あ!」
俺の悲鳴に反応し、ゆっくり振り向いた御影様の目には光がなかった。真っ黒だった。
御影様はまるで躊躇なく自分の影……豊を踏み付け、裸足で庭に下りてこっちにやってくる。
コイツが豊なら絶対影を踏むはずないと直感し、全速力で逃げだした。玄関の方からは豊の母親の嗚咽と使用人の受け答えが聞こえてきた。
「あれだけ踏むんじゃないと言ったのに。影に仕える御影守が御影様を踏むなんて許されない、あの子は禁を犯したの」
「なにか他の事に気をとられてらっしゃったんでしょうか」
あれ以来、自分の影はおろか他人の影すら踏めなくなった。そればかりか電柱や郵便ポスト、建物の影さえ踏むのが怖くなり、一切外出せず真っ暗な部屋にひきこもっている。
豊は御影様に食われて「影」にされてしまったのか。その原因を作った俺のことも、御影様は虎視眈々と狙っているのだろうか……。
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