押せないシャッター

私が大学生の時のお話です。当時関西方面の大学に進学しており、お盆に地元の大分県に帰省しました。

帰省は３日程度と短いのでその際、両親と近場に日帰り旅行に行くのが習慣となっていましたが、その時両親から宇佐市にある旧海軍飛行場跡に掩体壕という飛行機を格納する倉庫が現存しており、その中にゼロ戦が海から引き上げられて展示されているという話を聞きました。
ボロボロになっているとはいえ、実物のゼロ戦を見る機会などほとんどないので、私はすごく興味を持ちそこへ行くことになりました。

実際に現場に着いてみると、はたして飛行機一機がかろうじて格納できるようなコンクリートの構造物があり、中には海から引き上げられた機首のエンジンとコックピット、主翼が半分くらい残ったゼロ戦が展示されていました。

早速近くで写真を撮ろうと壕の中に入った瞬間、何か変な感じに覆われました。中の空気が重いというか、そのエンジンからこっちを見るなと言われているような重く沈んだ空気です。
それを感じてどうしてもカメラのシャッターを切れなくなってそのまま後退りするように壕を出ました。

両親からは写真を撮らなくて良かったのかと言われましたが、私はあれで良かったと思っています。
よく考えれば、当時あれに人が乗っていて海に落ちたわけで…乗っていた人の無念さや最後に感じた思いなどがかすかに残っていたのかもしれません。

あれから何度か実機のゼロ戦や当時の軍用機など見る機会がありましたが、あんな気持ちになったのはこの時だけです。