記憶に現れる亡き弟の陰
投稿者:きつつき (1)
家族の話をしたいと思います。
私は二人兄弟で、若くして亡くなった弟がいました。
幼少のころ、近所の食品工場で働く母親に女手一つで育てられました。
貧しかったこともあり、ほかの家庭の子が感じる幸せを感じることが少なかったかも知れません。とにかく、私と弟は我慢をして子供時代を送ったと思います。
そうした子供時代を過ごしていたのですが、唯一例外的なことは、母親が私たち兄弟に熱心に音楽教室へピアノを習いに行かしてくれたことです。
私は、早々にピアノの才能がないことに気づき、学校の教員になろうと地道に勉強をすることにしたのですが、弟は音楽教室の先生に才能を見出され、のちに音楽科のある高校に進むことになります。ショパンが好きで狭い家のアップライトのピアノでよくノクターンを練習していました。
私は、東京の教育大学に進むため、地元を離れ、学業と生計を立てるためのアルバイトと二足の草鞋を履き、忙しい生活に明け暮れて地元や実家のことなど考えることができなくなっていたころに事件は起きました。
母から連絡があり、弟が10階建てのマンションから飛び降りたとのことでした。音楽の道に進む予定であった弟が母や私に迷惑をかけていると強く思い込み、将来を悲観して自殺したのです。
遺書などは見つかりませんでしたが、弟の友人の話によると、このままいろいろな人に迷惑をかけながら音楽の道に進んでいいのか悩みがあると打ち明けることもあったと聞きました。
私が大学を卒業して社会人になれば、実家に仕送りをして弟の音大進学の援助をすることは、家族の間ではなかば公然もことであり、そうしたことが弟の早すぎる死を招いたのではないかと思うと今も眠れない夜があります。糖尿の持病があった母も弟の後を追うかのように、弟の死の2年後に亡くなってしまいました。
月日は20年ほど経過し、40代の私は結婚し、二人の娘に恵まれました。
弟や母のことは自分の中で消化できない感情を抱えていたため、自分の家族には詳しく語ることはありませんでした。
貧しいなか子供の教育に熱心だった母、音楽の道を志していた弟のこと、隠すわけではないのですが、自分の心の中でとどめおいたままでした。
自分の二人の娘は、近所の他の家庭の影響を受けてピアノを習いたいといいだしました。私の心の中では、弟のこともあり胸中複雑でしたが、妻の強い勧めもありピアノを習わせることにしました。
それから2年後のことです。私の娘二人がある朝、同じ夢を見たというのです。
高校生ぐらいの若い男の子がピアノを演奏している夢だったとのことです。しかもどうやら曲はショパンのノクターン。
普通なら気味が悪い夢でさぞ娘たちは怖かっただろうと思いましたが、意外にもとても楽しかったというのです。
その時に私は間違いなく若くして亡くなった弟が娘に会いに来てくれたのだろうと確信しました。もちろん、弟のことは娘に話してしていません。
娘は今は高校生と中学生になりましたが、子供のころの夢以来のショパン好きで、その夢に出てくる若い男の子のことを覚えています。
子供のころの不思議な体験として記憶の中に残っているそうです。
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