俺は小学2年の時、川で河童を見たことがある。
見たと言っても、30メートルは離れていたし、川をうつぶせで流れていたから顔はわからなかった。
その日は前日までの大雨がやんだものの、いつ雨が降ってもおかしくない、秋に差し掛かる頃だった。
そんな日に急に父が珍しく、家族3人で川に遊びに行こうと言い出した。
父と母は毎日のように喧嘩をして、その声を聴きたくなくて俺はいつも部屋にこもっていた。
その喧嘩の声が本当に嫌で、2年生ながら一度家出というものをしてみたいと思う程だった。
自分の部屋にいるのに、二人の怒鳴り声や物が壊れるような音が響くのがたまらなく辛かった。
そんな父が、母と俺を誘って川に遊びに行こうというのだ。
二人が仲直りをするのに越したことはないから、それならついて行こうと思った。
車に乗っていたのは1時間ぐらいだったと思うが、車中は会話が無く、俺からも話が出来る雰囲気ではなかった。
着いた川は親水公園として整備されていて広い駐車場があるが、そこには俺たち家族しかいなかった。
昨日までの大雨で川が増水しているのが子供でも分かったし、これなら確かに誰も来ないだろうという事も分かった。
3人で車を降りると
「父さんは母さんと上の休憩所までちょっと散歩に行くから。」
少し上流へ行くと、こことは別の休憩所があるらしい。
父はそう言って、休憩所の東屋にある自販機で俺にコーラとアイスを買ってくれた。
「うんわかった。」
と俺が答えると
「ちょっと待っててね。」
と母が言った。
父と母は川に沿って設置してある簡素な遊歩道を歩いて、上流へと登って行った。
遊歩道は途中で途切れていて、そこから先は背の高い草や葦が生い茂っている上に、大きな岩がゴロゴロしているような場所だった。
次第に二人の姿は見えなくなった。
アイスもコーラも無くなり、ただ両親を待つのも退屈だったから増水している川を見に行った。
すると、かなり距離はあったが、その上流からゆっくり、川岸に引っかかりながら河童が流れてきたのだ。
しばらく見ていると
「見るんじゃない!」
と、父の大きな声が聞こえた。
「え?」
と思うや否や、走ってきた父が俺の手を引っ張って車へと連れて行った。
「今、河童が流れてたよ!」
と俺が楽しそうに言うと
「か、河童と目が合ったら、あ…あの世に連れていかれるぞ。」
父は俺の話が怖かったのか、なぜか震えていた。
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