これは私が大学2年の秋、とある県にある築40年のボロアパート「Kコーポ」に住んでいた時の体験談だ。
当時、私は家賃2万8千円という安さだけでその部屋(102号室)を選んだ。 間取りは六畳一間、ユニットバス付き。壁はペラペラで、隣の部屋のくしゃみが聞こえるくらい防音性は皆無だった。 それでも初めての一人暮らしが楽しくて、毎晩遅くまでゲームをしたり、友人たちと通話したりして気楽に過ごしていた。
最初の違和感は、11月に入った頃だったと思う。 夜中の2時を回ると、隣の103号室から変な音が聞こえるようになった。
「ズリッ……ズリッ……」
何か、重くて柔らかいものを床で引きずるような音。 最初は「隣の住人、夜中に模様替えか?」くらいにしか思わなかった。顔を合わせたことはなかったが、郵便受けにはいつもチラシが溜まっていたから、不規則な生活をしている社会人だろうと勝手に思い込んでいた。
だが、その「ズリッ」という音は毎晩続くようになり、次第に私の部屋の玄関側の壁へと近づいてくるようになった。 正直不気味だったが、実害はないし、面倒ごとには巻き込まれたくないから放置していた。
事態がおかしくなったのは、それから一週間後の木曜の深夜だ。 いつも通り深夜2時半頃まで起きてスマホをいじっていると、突然チャイムが鳴った。
ピンポンパンポーン。
心臓がビクッて跳ねた。こんな時間に誰だ? カメラ付きインターホンなんて上等なものはない。私は足音を殺して玄関に近づき、そっとドアの覗き穴(ドアスコープ)から外を覗いた。
……誰もいない。 薄暗い共有廊下の蛍光灯がチカチカ点滅しているだけだった。 「なんだよ、タチの悪いイタズラか」 舌打ちをして部屋に戻ろうとした瞬間。
カリ……カリカリカリ……
ドアの下の方から、犬か猫が爪で引っ掻くような小さな音が聞こえた。 え?と思って足を止める。 カリカリ、カリカリカリ。 動物にしては、リズムが一定すぎる。人間の爪で、ゆっくりドアの塗装を削っているような、神経を逆撫でする音だった。
マジで気持ち悪くて、私は息を殺してドアの前で立ち尽くした。 5分くらい経つと音は止み、足音もなく気配が消えた。 その日は朝まで一睡もできなかった。
次の日も、その次の日も、深夜2時半になるとチャイムが鳴り、「カリカリ」という音が続いた。 警察を呼ぼうにも、私が覗き穴を確認する時にはいつも誰もいないし、音だけで通報していいのか迷っていた。 何より、「もし覗き穴越しに誰かと目が合ったら」と思うと、確認することすら怖くなっていた。

























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