高校受験を間近に控えた冬のある日の事。
塾の帰りが少し遅くなり、時刻は午後10時。
靴を脱いでリビングを覗くと、母親からの置き手紙があった。
「おばあちゃんが熱出しちゃったみたいだから、夜間診療に連れていきます。帰りは明日になります」
との事だった。
今日は夜食は無さそうだ。まぁ、自分でおにぎりか何か作ればいい。
俺はそのまま自室に上がり、塾でやった問題集の続きを解く。
どれくらい時間が経っただろうか、伸びをしながら時計を見ると、時刻は午前2時を回ったところだ。
少し腹が減ったので、なにか作ろうと椅子から立ち上がった時、ギシ、ギシ、ギシと階段を上る音がした。
足音は部屋の前で止まると、
「あけてー。あけてー。夜食よー」
母の声だ。
あれ?帰りは朝になるんじゃなかったのか。
「あけてー。あけてー。夜食よー」
「あけてー。あけてー。夜食よー」
それしか言わないので流石に少し気味が悪い。
だが、以前開けてと言われてなかなか開けなかった際しこたま怒られたことがあったので、ため息をつきながらドアに向かう。
「あけてー。あけてー。夜食よー」
違和感。
だが何か分からない。
「あけてー。あけてー。夜食よー」
ドアノブに手をかけた時、その違和感の正体にようやく気が付いた。
声のする位置が低すぎる。
母親の身長は170センチ程。俺とさほど変わらない。
しかしこの声がする位置は、足元から聞こえていた。
扉の前にいるのは、母ではない。
そう直感した俺はドアを開けず、布団にくるまって夜を明かした。
カーテンの隙間から光が覗くまで、声は定期的に聞こえていた。
朝になって、母親が強引に扉を開けて入ってくる。
「朝だよ、いつまで寝てんの」
本物の母だった。俺は心の底から安堵した。

























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