とある村で、夏の終わりに行われていたお祭りに関する話。
各家庭でオリジナルのかかしを作り、1カ所に集めて見せ合うだけの小さな恒例行事で、かかし祭りと呼ばれていた。
村の中心に位置する道の駅を丸く囲うように造られた遊歩道沿いに、盆明けから大小様々なかかしが並び始め、祭り最終日となる8月31日には、打ち上げられる花火の下で、数十体のかかしが円を成す景色が見られる。
その昔、夜に出歩いた子供が神隠しに遭うことが多かったというその地域で、身代わりとして盆明けから8月末にかけて玄関先に飾るようになったかかしが、いつからか地域の社交場に集められるようになり、いまの形になったという。
そのお祭りに、毎年欠かさずかかしを持ち込んでいた老夫婦がいた。
共に90歳を超えていたが、作ったかかしを2人仲良く歩いて持ち込む名物夫婦で、その夫婦が作る紙粘土製のかかしは他より二回りほど小さかったが、子供服を着せられ、おかっぱのカツラにお化粧までされていてとても可愛らしかった。
持ち込んだかかしは、祭りが終わるとそれぞれの家に持ち帰り、そのまま田畑で鳥避けにされる事が多かったが、その老夫婦は持ち帰ると必ず畑の真ん中に立て、竹としめ縄で四方を囲って火を付け、燃やしていた。
その煙は、かかし祭りに直接関わりの無い住民にとって、秋の訪れを感じるひとつの指標にもなっていた。
そんなある年の春、老夫婦の奥さんが亡くなってしまった。
周囲は旦那さんを心配したが、案の定、その年のかかし祭りにいつもの可愛らしい子供服のかかしが立つ事はなかった。
ところが、祭り最終日の夜、もう少しで花火が上がろうかという頃、老夫婦の畑から煙が立ちのぼっていた。
近所の人が覗くと、畑の真ん中でかかしが燃えていた。
傍には旦那が正座で佇み、手を合わせている。
人々は哀れんだ。
「奥さんの供養のために、ひとりで作って燃やしているのだ」と。
こうなっては旦那も長くないかもしれないと噂されていた矢先の11月中頃、事件が起きる。
その旦那が逮捕されたのだ。
夫婦の家の畑から、小さな人骨が複数見つかった。全て、小学生くらいの子供のものだった。
この村では、昔から子供の神隠しが多かった。
そしてそれは近年においても、周辺地域まで含めた数年に一度の失踪事件として発生していた。
大方、数時間から数日で見つかる事がほとんどだったが、今日に至るまでまだ数人の子供が見つかっていないと言われていた。
人々は噂した。
「まさか、毎年燃やしていたかかしの中には?」
しかし、実情は少しだけ複雑だった。
旦那が逮捕された時の罪状は、犯人蔵匿(ぞうとく)および証拠隠滅。
そもそも何故、事件が明るみに出たのか。
きっかけは、その旦那が最後にかかしを燃やしている時に繰り返していた呟きだった。
「大丈夫、これでもう大丈夫。大丈夫…」
花火見物のついでに回覧板を届けに行った近所の大学生の男がたまたま聞いたその呟きを、自身の家族にそれとなく話した際、老夫婦と同世代だった彼の祖父から、こんな話を聞いた。
「昔からかかしを燃やす家はちらほらあったが、あの夫婦だけある時からそれをしめ縄で囲うようになった。そこで私たちは腑に落ちた。彼らは戦後間もない20代の頃に、まだ幼かった子供を亡くしている。だからきっと、全て我が子の供養の為なのだろうと……そしてこれで、その子も1人では無くなったんだ」
彼の両親も、我が子がようやく母親に会えて、父親として安心したのだろうと、祖父の言葉に賛同していた。
しかし、旦那の呟きを直接聞いた彼には、何かが違う気がした。
「これでもう大丈夫」
そう言いながら、旦那は笑っていた。
顔は見えなかったが、それが心から子供を思った微笑みではなく、どこか陰険さをたたえたものに聞こえたからだ。
























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