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ヒトコワ

白宮 さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

闇から投げられたもの
短編 2025/09/01 16:50 1,768view

 それは蒸し暑い夏の夜の出来事だった。
 寝苦しく何度も寝返りを打ってようやくの眠れた私は、夢の中で実家の居間にいた。部屋の中は夕方のような薄暗さ。
「薄暗いなぁ」なんて思いながら、私は何度も照明の紐を引いてみる。
 ジッジとフィラメントが点灯する音が聞こえるだけ。いつまで経ってもつかない照明に、うすら寒いものを感じた。
 それは火のつかないライターを回して、しきりに火をつけようとする焦燥感にも似て、明かりのない夜道を臆病に肩を丸めながら歩く不安感にも似ていた。
 不安から、私は家族を探す。
「ばあちゃん、どこ?」
 祖母を探そうと、居間のすぐ隣にあった台所に立ち入ろうとした瞬間、足を止めた。
暗い。
 台所は窓が大きくここまでの暗さはあり得ない。夜でさえ、街灯の光が入り、ここまで暗かったことはなかった。むしろそれは暗さという度合は超えている。墨汁で塗りつぶしたような闇が、居間と台所の壁として立ち塞がっているようだった。
 明らかに様子のおかしいその光景に、思わず後ずさりする。膝が笑うのも構わず、震える声で叫ぶ。
「ばあちゃん、おばあちゃん」
「はーい」
 それはばあちゃんの声ではなく、抑揚のない声だった。

 焦ってさらに強くばあちゃんの名前を呼ぼうとした。
「ばあちゃ……」
 ベチャ。闇から投げられた。見てはいけないと頭が叫ぶ。なのに、目が動く。赤黒い肉の塊。
「うわぁぁ!」
 どろりと断面から溢れたそれは、体を半分にちぎられたばあちゃんだった。腰が抜けて歩けない。必死に這いつくばって、それから離れて壁にしがみついた。
「あああぁぁぁ!!!」
悲鳴が止まらなかった。大好きな家族の死体をみて、正気を保つことができなかった。恐怖の次に感じたのは、怒りだった。
「元に戻して」
 泣きじゃくりながら、私は怒りで震える拳で何度も床を叩いて怒って見せた。
「許さない!! 元に戻してよ!!」
 そういった瞬間、また抑揚のない声で「はーい」と聞こえ、べちゃとまた投げ捨てられたものは、ばあちゃんのもう一つの、半分の体だった。
「あああぁぁぁ!!!」
 半狂乱になりながら、私は悲鳴を上げる。怖い以上に感じたのは、どうしようもない怒り。殺意と恐怖と悲しみに、ぐちゃぐちゃになった頭が割れそうなぐらい痛い。様々な思考が頭を埋め尽くしていた。
「殺してやる」「怖い」「悲しい」「理解できない」それらが文字になって頭の中をぐるぐると巡る感覚。

「ねぇ、悲しい? 悲しい?」と抑揚のない声は私に聞いてくる。
「元に戻してよ」と懇願すると、長い腕がたくさん伸びてきて、ばあちゃんの遺体を持ち上げて「くっつく? こうしたらくっつく?」と半分の遺体同士をくっつけては、べちゃべちゃと遺体で遊ぶ。その行為は、私が傷つくと理解している上での、悪意のあるからかいだった。
 吐きそうだった。気持ち悪いのは目の前の光景だけじゃない。向けられる悪意と殺意。肌に刺さるような悪感情がその場を占めていた。
「やめて、もうやめてよ」
 私はその腕にすがって、何度もやめてと懇願していると「じゃ、こうしよう」と長い腕が伸びてきた。
 長い腕は私を持ち上げると、手足を引っこ抜こうとしてくる。
 夢の中なのに、引っ張られる痛みを感じた。
「痛い! 痛いよ! やめて!」
 もうだめだ。そう思った時、「地獄に落としてやる」と別の声が聞こえ、息を吸い込んだ瞬間、目が覚めた。パジャマが汗で体がぐっしょりと濡れて、背中に張り付いて気持ち悪い。
 それからも多々、子供が見るには残酷すぎる悪夢を見続けた。それは大人になっても続いていた。
「昔から、怖い夢ばっかり見て」
そんな話を職場の人に話したことがきっかけで、某有名神社の使いをしているという方に相談する機会を設けることとなった。
「あんた、好かれやすいんやわ。いいものにも悪いものにも。何回か死にかけたことあるやろ? 本来、あんたはもっと早い段階で死んでたんやよ。でもな、守ってくれる人がごっつい強いから今まで生きれただけ。二十歳までいきれたんわ、守護霊さんのおかげやで」と告げられたのだ。
 心当たりはあった。夢の中で何度も聞こえた謎の声。「地獄に落とす」それは私の守護霊の声だったのかもしれない。いつもどすの利いた恐ろしい声だけれど、不思議と怖いと感じたことはなかった。
ただ、時折、静かな夜にその声が耳の奥で響くことがある――。

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