カメラ目線

大学時代の先輩が会社の同僚から聞いた話です。その同僚の方として、一人称で書きます。

去年の秋、一泊二日の社員旅行に行った。金沢市を目指すバスは、途中、福井県のある博物館に寄る。博物館入口付近で社員の集合写真を撮ってから入館し、各自で自由観覧。

展示のメインとなる1階をまず見て回り、階段で2階へ。階段の途中でふと1階を見下ろすと、うちの社員が展示を見ている姿がちらほら見えた。そこで、写真を撮ってみた。「ウォーリーを探せ」よろしく、皆と「社員を探せ」でもできるかな、と。2階と１階はフロアの一部が吹き抜けになっていて、2階からも1階が見下ろせたので、同じく写真を撮った。

翌日の金沢は、集合時刻までは全くの自由行動。近江町市場を見て回ったが、にぎわう人込みの中に、やはりうちの社員もいたので、懲りもせず「社員を探せ」の写真をパシャ。

社員旅行の翌週は、当然ながら通常通りに仕事。金曜日、仕事を終え自宅マンションへ。ポストを確認し、エレベーターホールに行くと女性が一人。長い髪、花柄のワンピース。田舎の古いマンションなので、エレベーターで人と一緒になるのは、意外と珍しいことだった。エレベーターが来て、その女性がコツコツとヒールを鳴らしながら先に乗り込み、最上階の10階のボタンを押して奥に進み入口側に向き直る。軽く会釈しながらそれとなく顔を見たが、10年以上ここに住んでいて見覚えのある顔ではなかった。最近入居したのか、知人を訪ねでもしたのだろう。自分が5階で降りる時、その女性がぼそりと「ここか」と言ったようで、ちょっと気になった。

夕食やら風呂やらを済ませた後、そういえば先週の社員旅行の写真を取り込んでなかったな、と自分のパソコンを開き、スマホからインポート。会社のパソコンにも取り込んでなく、「社員を探せ」もしていない。

取り込んだ写真を1枚ずつ流して見ていく。「社員を探せ」用に撮った写真は、じっくり見て誰が写っているのか探してみた。その時、ある一点に目が釘付けになった。たくさんの人がひしめく中で、体ごとこちらを向いた直立の姿勢で、明らかにカメラ目線で写っている者がいる。

冷や汗が吹き出してきた。それはさっきのエレベーターの女性だったからだ。そんなはずはない、たまたま似ているだけだと、他の写真も確かめた。博物館で人を引きで写した写真は全部で5枚あったが、その女性はその全てにカメラ目線で写っている。その内の1枚は、写真を撮る時に気づいてもおかしくないほど近くで写っている。エレベーターで見た時と服装も同じっぽい。直立無表情。近江町市場の写真は？ 3枚撮った内の2枚にその女性はカメラ目線で写っていた。

エレベーターを降りる時の「ここか」がフラッシュバックし、体が硬直した。まだこのマンションのどこかに居るのではないか、10階から一部屋ずつ見て回ろうとしていたのか、いろいろ想像した。その時、コツコツと足音が聞こえてきた。さっきの女もヒールでそんな音を立てていた。そしてマンションの通路に面した、今自分のいる部屋の前でその足音は止まった。心臓も止まりそうだった。カーテンと窓を隔てたすぐそこに、あの女がいるのか？固まっていると、10分ほどして足音はエレベーターホールの方へ戻って行った。土日の外出は中止にし、食事は冷蔵庫のあり合わせと、1回だけウーバーで済ませた。

月曜日は、周辺を見まわしながらマンションを出て仕事へ。社員旅行の幹事から先週配信されていた博物館の集合写真をあらためて確認してみる。そいつは写っていた。しかしカメラ目線ではなかった。俺のすぐ斜め左後ろから、俺の方をじっと見ていたからだ。博物館到着後間もないのに何故だ？

この日は残業となり帰宅は22時過ぎとなった。ポストにはDMと一緒にメモが。イヤな予感。メモの真ん中に「みつけた　○号室」、その右にキスマーク、名前は書いてなかった（○は俺の部屋番号）。踵を返し、友人宅へ。実害は何もなかったが、今後何をされるか分からないし、賃貸マンションだったこともあり、すぐに引っ越した。会社からの帰宅を尾行されると新居がばれるので、当分は在宅テレワークにさせてもらった。

社員旅行のバスのフロントガラスに掲げられた会社名から足が付いてしまったようだが、あの女が一体何者なのか、誰かと俺を勘違いしているのか、そもそも自分の住んでいない福井県でなぜ？　など謎だらけ。

「社員を探せ」なんてやるはずもなく、あの女が写った写真は全て消去した。