カリ、カリ……
投稿者:セイスケくん (30)
これは、数年前に東京の外れにある小さな町に住む古川さん(仮名)から聞いた話だ。
古川さんがその町に引っ越してきたのは、ごく最近のことだった。夜遅くまで残業が続く日々に疲れ果て、都会の喧騒から離れて静かな環境で暮らしたいと願った末、比較的手ごろな価格で手に入れた古い一軒家に身を落ち着けた。しかし、引っ越し後しばらくしてから、家の中に違和感を覚えるようになる。
最初は小さな音だった。夜中になると、廊下の奥から「カリ、カリ……」というかすかな音が聞こえてきた。猫でもいるのかと思い、明かりをつけて確認しに行ったが、何もいない。床や壁を調べても、虫や動物の痕跡は一切なかった。
その音は、決まって夜中の2時になると聞こえてくる。静まり返った部屋で、その音だけが妙に際立っていた。日中は静かなのに、夜になると廊下の暗がりから薄気味悪い音が響き渡る。次第に古川さんは、音が聞こえる度に身震いするようになった。ある夜、彼は思い切ってスマートフォンを使い、音がどこから発生しているのかを録音してみることにした。
録音を再生してみると、確かに「カリ、カリ……」という音が聞こえる。その音は一瞬途切れることなく続き、徐々に古川さんの方へ近づいてくるような気がした。ぞっとし、慌てて録音を止めたが、それでも音はやまない。まるで、何かが家の奥深くから、彼に向かって這い寄ってくるようだった。
その夜、眠れぬまま朝を迎えた古川さんは、会社でその音の話を同僚にしてみた。すると、年配の同僚が妙に険しい表情で言った。「その家、もしかして八重子さんの家じゃないのか?」古川さんが不思議そうに尋ね返すと、その同僚は、小声で一つの怪談めいた話を始めた。
「昔、あの家に八重子さんっていう女性が住んでいたんだが、何年も前に失踪したんだ。その家でいろいろあってな……。夜中に物音がするっていう噂はその頃から聞いたことがある。あんた、気をつけたほうがいいぞ」
同僚の言葉を聞いた古川さんは、それでも半信半疑だった。幽霊や怪奇現象など信じたこともなかったが、それ以来、夜中に聞こえる「カリ、カリ……」という音が、ひときわ不気味に思えてならなくなった。
数日後、古川さんは意を決して、町内の古い資料館を訪れることにした。小さな町のため、過去に起きた事件や出来事が簡単に閲覧できるようになっているという話を聞いたからだ。町の歴史を扱う担当者に、古川さんは自身の住む家の住所を伝え、その家の過去について尋ねてみた。
担当者は古川さんの話を聞くと、目を細めながら「ちょっと待ってください」と奥の資料棚に向かった。しばらくして、大きなファイルを取り出し、広げて見せてくれた。そこには、数十年前に行方不明になった八重子さんの写真と、彼女が住んでいた家の住所が記されていた。間違いなく、今古川さんが住んでいる家だった。
八重子さんは、町でも評判の美しい女性だったという。しかし、町の外れの一軒家に引っ越してから急に人付き合いを避けるようになり、徐々に姿を見せなくなった。そしてある日、忽然と姿を消したのだ。警察の捜査もあまり進展しなかったらしいが、近隣住民の間では彼女の失踪後から「夜中に奇妙な音が聞こえる」という噂が広まったという。
古川さんは背筋が凍りつく思いで話を聞き終え、家に帰った。彼女の失踪には、何かしらの理由があるのだろうか。そんな考えが頭をよぎるたび、ますます夜が怖くなっていく。
その晩、彼はまた例の音を聞いた。しかし、今までとは違った。はっきりとした足音と共に、「カリ、カリ……」という音が徐々に彼の寝室へと近づいてくる。それは、床を爪で引っ掻くような音。古川さんは恐怖で体が動かず、ただじっと布団の中で震えていた。
すると、不意に足元から冷たい風が吹き込んできた。古川さんはゆっくりと目を開け、暗がりに目を凝らした。すると、そこには薄ぼんやりとした人影が立っていた。長い髪をした女性が、じっと彼の方を見つめている。その姿は、まるで彼の魂を引きずり出そうとするかのような執念を感じさせるものだった。
その影はゆっくりと古川さんに近づいてきて、静かに何かをつぶやき始めた。聞き取れない言葉だが、それはどうやら八重子さんの声のように思える。そして、その声が耳元で囁く瞬間、彼の視界が一気に暗闇に包まれた。
翌朝、古川さんは気が付くと床の上に倒れていた。震える手でスマートフォンを確認すると、そこには録音されていたはずの「カリ、カリ」という音のデータは一切残っていなかった。ただ、画面には無言の通知が一つだけ届いていた。それは「八重子さんの家からお別れの挨拶です」という不気味なメッセージだった。
古川さんはその後、急いで家を手放し、別の場所に引っ越した。しかし、それから数年経った今でも、時折彼のスマートフォンには「カリ、カリ……」という音が記録されていることがあるという。古川さんが夜中に目を覚ますたび、その音が少しずつ近づいてきているように思えるのだ。
カリカリは絶対に嫌だ!
家で「カリ、カリ」と言う音を聞いたらすぐ引っこしたいと思いました。
怖すぎーw