不幸を呼ぶ十字架
投稿者:海堂 いなほ (14)
私は、祖父の代まで神主していましたが、私自身は、神主でもなければ、坊主でもないただの人です。特に、霊感があるわけでもなく、これまで、不思議な体験すらしたこともありません。
そんな私の実家には、稲荷神と氏神様を祭る小さな2つの祠があります。それぞれ、丘の中腹と入口に鎮座しているのですが、時々、昔からの知り合いがお参りに来ることがあるので、毎日の掃除は欠かせません。
さて、そんなある日のことです。私がよく行く個人経営の古着屋があるのですが、そこの店主が、我が家に十字架を持ってきたのです。
「店主も遂に阿漕な商売をやめて、キリスト教に改心ですか?よい心がけです。少しは、そのせこい性格も治るのでは?」
「そんなわけあるか。俺は、昔から付き合いのあるお前の家の祠にこれを奉納しようと思ってきたのだ」
稲荷神の横には、納札箱(場)があり、近所の人が時々、お守りなどを収めていくのです。時々、変わった物を入れていく人もいますが、どうやら稲荷様の力が強いらしく何事もなくどんど焼きで一緒に燃やしてしまいます。私の祖父や祖母が生きていたころは、ずいぶん遠くから来られる方もいたらしいのですが、今では、燃やすものと言えば、家で使った正月飾りぐらいです。
そうそう、古着屋の店主が持ってきたのは、ずいぶん古めかしい小さな十字架でした。シルバーにキリストが彫られている典型的な十字架で、親指ほどの大きさでした。そういえば、ずいぶん昔に見たことがあるような気もしたが、似たようなデザインはいくらでもあるので、単なる勘違いだと思い、そのまま、店主との話をつづけた。
「残念ですが、金属は燃えませんので、お引き取りください。」
私は、そもそも、燃えないだろうと思って、店主に言った。
「聞いてくれよ。とにかく、俺の話を」
「まー、聞かないこともない。」
たわいもないやり取りをしていると、店主は、この十字架について話し始めた。
「この十字架を持っていると、必ず怪我をする。しかも、決まって右足。」
店主が言うには、必ず、店主の店に戻ってくるそうだ。最初は偶然かと思ったのと、安く買って、高く売れていたので、ラッキーだと思っていたのだが、さすがに何度も続くと気味が悪くなり、持ってきたというわけだ。
「もっと大きな神社なり、教会なり、お寺なりの持って行っては。」
私は、店主に言うと店主は、それができれば苦労しない。とのこと。
「だから、寺に持っていこうとすると、絶対家に忘れるんだって。」
「・・・・・・、ばかなの?」
「そうじゃない。今日こそは、とバックに入れたにもかかわらず、お寺に着くとないのよ。何度恥をかいたことか。わかるか、お前にこの気持ちが。」
「わかりかねますが。店主がバカなだけでは。」
「だから違うって。」
「でも今日は持ってこれたと。」
「それに、この十字架があると、売り上げが落ちるのだよ」
店主は、十字架を店に出しているととにかく物が売れないそうだ。そして、十字架が売れるとまた、物が売れだすとのこと。
「やっぱり、バカなの?」
「だから、違うって。」
このやり取りにも飽きてきたところで、そろそろ真面目に話を聞こうと十字架を手に取ってみると、ずいぶん古い物のようだが、どこか温かみのある、懐かしい感じのする十字架だった。
「じゃあ、あとは、よろしく」
「待て待て」
と言ったときには、店主はすでに家を出て行ってしまっていた。
国を越えてご縁が繋がりましたね。
とても感動しました。
そして、罰当たりな金の亡者にはいずれ何かしらの報いがありそうですね
怪談というよりも、歴史もの的な感じでとてもいい味のある小説になっている気がします。このお店を舞台にしたシリーズものが作れそうで、なんだかつづきを期待しちゃいます。
kamaです。ほんと怪談初心者さんという名前には似つかわしくないほどの話のうまさ。すごくおもしろいです。