僕の家の庭には父のお気に入りだった桜の木があり、母は花を植えたプランターをたくさん手掛けている。
庭の一角に花壇を作ったらと提案したこともあるが、そもそも庭がそんなに広くない事と、気まぐれな性格の母には、プランターの場所を変えると気分が変わっていいらしい。だから、今はベランダの下、リビングから見える所に多くのプランターを並べている。
最近、桜の枝が2階のベランダまで伸びてきたから、高枝切りばさみという物を買った。
早速、ベランダから桜の枝を切ろうとして高枝切りばさみを伸ばしたが、切りたい枝に微妙に届かなかった。
もうちょっとで届きそうだと思って体を伸ばすと、上半身が手すりを超えた。
そこで、頭から地面に転落してしまったらしい。
「らしい」というのはそこから記憶が無いからだ。気が付いた時は病院のベッドの上だった。
僕が2階から落ちた瞬間をリビングで見た母がすぐに救急車を呼んでくれたそうだ。
医者と母の話を総合すると、僕は確かに2階から落ちたのだが、真下にあった母のプランターがクッション代わりになり、頭を少し打っただけで奇跡的にほとんど怪我をしなかったという事だ。
もしプランターが無かったら、けがでは済まなかったような落ち方だったらしい。
念のため4日ほど入院した後は、職場に無事復帰できた。
しかし、それから僕は不思議な体験をするようになった。
僕はとある24時間稼働の工場で事務員として働いている。
事務所は3階にあるのだが、タイミングが合えば1階からエレベーターに乗る。
最初の体験は、そのエレベーターのドアが閉まりかけの時に乗った時の事だ。
僕は急いでエレベーターに乗ると、後ろからもう一人駆け込もうとした人がいたので、端に寄って「開く」のボタンを押した。
ところが、その人はいつまでたっても中に乗ってこないから、しばらく押し続けると
「君、いつまでも何やってんだ?」
後ろに振り向くと課長が不思議そうな顔をして僕を見ていたので、
「今もう一人乗ってこようとしてましたよ。」
と答えると
「誰もいないじゃないか。」
と課長が言うから、まだ開いているエレベーターのドアの周りを見回したが、確かに誰もいなかった。
別の日には、事務所の入り口付近をウロウロしている人がいたから、誰かお客さんのようですよと課長に聞いてみたが、振り向くと誰もいなかった。
課長は本当に客かもしれないと思ったらしく、どんな人だったか聞いてきた。
僕はこうこう、こんな人でしたよと答えると、課長は不思議そうな顔をしていた。
課長が言うには、それは僕が入社する前に病気で亡くなった元社員に似ているという事だった。
そんな事が度々起こるようになっていて、明らかにやつれてきているのが自分自身でわかるほどだった。
最初のうちは転落のショックのせいだと同情してくれる人もいたが、最近はそうもいかなくなってきた。
課長は人事と相談して、あまり人がいない夜勤を僕に勧めてくれた。
どうなったの?
コメントありがとうございます。
最初の方に
>もしプランターが無かったら、けがでは済まなかったような落ち方だったらしい。
と書いていますので、そこから想像していただければと思います。
作者より