心霊系YouTuber
投稿者:adooo (10)
ぼくは、昼間はふつうに会社員をしながら、空いた時間にYouTuberとして活動している。いわゆる心霊系YouTuberというやつで、怖いウワサのある廃墟とか心霊スポットとかに行って動画を撮影、編集して、YouTubeにアップする。今回は、それでちょっと怖い目に遭ってしまったので、みんなに話したい。
あの日は、隣県の廃墟になっているラブホテルに来ていた。ぼくは探索から撮影、編集まで一人でこなしている。その日も一人で廃墟に車で乗りつけた。廃墟を見て歩くのは、動画に手を出す前からもともと好きだった。探索中にときどき変な音や声がしたような気がする以外には、これといって怖い思いをしたこともなかったし。まあ、だからこそ、再生数も微妙で、特に儲かるような話でもない。
それでも、これまでのわずかな儲けで、ほかのYouTuberさんの使っているような道具も買ってみたりした。そのひとつがスピリットボックスだ。難しいことはよくわからないけどラジオみたいなもので、心霊スポットでスイッチを入れると、ときどき幽霊がこちらと会話してくれるというシロモノだ。正直あんまり信じていなかったし、ぼくはこれをもう使うことはないだろう。信じていなかったから?いや、その逆だ。怖すぎて、すぐに捨てたんだ。
あの日、建物内をひととおりまわって、不気味だと思った部屋で新兵器のスピリットボックスを試してみることにした。スイッチを入れると、ザ…ザ…ザ…ザ…ザ…というノイズ音が聞こえてくる。
「すみません、お邪魔してます。どなたかいらっしゃいますか…」
「ザ…ザ…ザ…ザ…ザ…」
「あのお、よかったら、少しお話しませんか…」
見よう見まねでほかのYouTuberのまねをしながら話しかけてみる。
「ザ…ザ…ザ…ザ…ザ…」
「さっきから視線を感じるんですけれども、どなたかいらっしゃいますよね?」
「ザ…ザ…ザ… いて… ザ…ザ…」
「え?もう一度いいですか」
「ザ…ザ…ザ… いっしょ… ザ…ザ…ザ… いて…」
暗い女性の声で「いっしょにいて」と言ったように聞こえる。ヤバイ。これは凄い動画になるかもしれない。怖いけれども、もう少しだけ。そう思った。
「ザ…ザ…ザ…ザ…ザ…」
「わかりました。もう少しいっしょにいましょう」
「ザ…ザ…ザ… プツッ…」
え?スピリットボックスの電源が落ちた?ぼくはとてつもない恐怖と焦りを感じたがそのとき、すぐ後ろで、
「うれしい」
という声がはっきり聞こえた。機械を通さず直接、耳元で…。
すべてが狂ってしまったのはそれからだった。まず、異変に気づいたのは帰宅してすぐのことだ。買ったばかりなのに故障したらしいスピリットボックスを調べてみたところ、新品をそのまま持ってきたので単四電池を一本も入れていなかったことに気づいた。信じられなかった。どうやってこいつは動いていたんだろう。それに気づいてからというもの、空耳が多くなった。「ザ…ザ…ザ…ザ…ザ…」という音がいつもまわりで鳴っている気がした。
あまりにも「ザ…ザ…ザ…ザ…ザ…」がうるさくて眠れない。明らかに不眠症になったぼくは、会社を休んで、病院に行くことにした。かかりつけの内科の先生は「よくわからない」と言って紹介状を書き、精神科の先生にかかるようぼくに言った。ところが、精神科も混んでいるらしく初診は1週間ほど先とのこと。耐えるしかない。
ぼくはあの音に耐えつづけた。「ザ…ザ…ザ…ザ…ザ…」といつも耳のまわりで音が聞こえる。あんな廃墟に立ち入ったことを心底後悔していた或る日、とうとう見てしまった。水を飲もうと流し台に立ったとき、蛇口に映っているのが見えたんだ。ぼくの左肩のところになにかいた。そして「ザ…ザ…ザ…ザ…ザ…」の音に合わせて、それの口が動いているように見えた。
見てくれた。ずっといっしょにいて…。
あの女の声が聞こえた。すぐ耳元で。
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