追ってくる殺意
投稿者:ハヤブサ (6)
私は若い頃はアルバイトをして好きに暮らすという自堕落な生活を送っていました。
そんな私が25歳くらいの頃に当時のバイト仲間の女性から聞いた話を一つ。
その女性は今まで出会ったバイトの同僚とは全くタイプが違う方でした。
歳も8つ程上でご結婚もされており、ご主人含め劇団に所属しており身寄りの無い子供の施設等にボランティアで演劇を見せに行くなど、慈善活動的な事を多くされている方でした。
ですから物腰も優しく穏やかな感じで我々おバカ達とは明らかに雰囲気が違いましたが、優しくて気遣いのできる素敵な方という印象が残っています。
そんな先輩がある日の休憩中に
『ちょっと聞いてくれる?昨日うちの旦那が変な事言って帰ってきてね』
と切り出してきたのです。
我々は『どうしたんですか??』
と話に耳を傾けました。
先輩のご主人は夜に多摩川沿いの土手を一時間ほどランニングするのが日課だそうで、その日の夜もいつもの様にジャージに着替えて出かけて行ったそうです。
しかし出かけてから40分ほどで精悍尽きた様な顔をして戻ってきたというのです。
手や顎は擦りむいて血が出てるし、膝も打ったようで打撲してジャージがほつれて血が滲んでいたのを見て、転んで痛くて帰ってきたの?と聞くと、いやそうではないんだと。
もの凄く怯えていたし、次の日からご主人はランニングにすらいかなくなったそうです。
何があったのか聞いてみると、こういう事を言ったそうです。
薄暗い人気のない土手沿を走っていると自分より速いペースで後ろから何かが来たんだと。
走っている最中にビクッ!となる程強い何かの気配を後ろに感じたんだそうです。
振り返ってもそこには闇があるだけで何かが見えるわけでは無い。
しかし見えない何かが確かに自分めがけて近づいてくるのを感じたそうで、凄まじい恐怖に襲われたそうです。
それを何かに例えるとするなら、まさに【殺意】だったというのです。
殺意を誰かに向けられた事は無いけど、後ろからくるあれは自分を殺そうとする何かだったと怯えて言うんだそうです。
その何かはご主人よりも速いペースで後ろから迫っており、全速力で逃げはするものの徐々に距離を詰められたそうです。
やばい!やばい!殺される、殺される!
と心で叫びながら必死で走ったそうですが、その見えない何かはとうとうご主人に追いつき体を突き抜けるように背中から入ってきて前へ抜けて行ったそうです。
その瞬間にご主人は後ろから押される様な衝撃を受けて前へ倒れたそうで、擦り傷や打撲はその際に負ったものだそうです。
しばらくは放心状態で動けず、自分の身に何か大変な事が起きたのでは?と、体を動かしたり自身を確認するのが恐ろしかったそうです。
そんな冗談を言うご主人では無いとの事ですし、私たちの知ってる先輩も先に書いた様にそんな嘘や冗談を言うタイプでは無い非常に真面目な方でした。
闇夜の中見えない殺意と表現されたその塊は一体何だったのでしょうか?
彷徨える誰かの怨念だったのか、はたまた幽霊と呼ばれる類のものであったのでしょうか?
通りすがりの殺意なんて気をつけようがないじゃないか…転んだ程度で済んでよかったな。通り抜けた直後に車に撥ねられたとかだったら生きて帰れなかったかもしれん。