夢の中でお参りした話し。
投稿者:くま (4)
小さな木製の、両開きの扉が閉じられたそこには、小さいながらも鈴と紐もあった。
当時結構アホな、というより考え無しだった自分は、神社みたい=お参りしなきゃ、と考えた。
くまを隣に降ろして、自分のお腹位までもない小さな神社の鈴を鳴らそうとしてから、神社っていつも扉あいてるよね、とこれまた考え無しに閉じられていた両開きの扉を開いた。鍵はなかった。
……中は、今にして思えば神棚みたいだった。
御札と、鏡みたいなのと、葉っぱ(樒というんだったか)、お米、水(多分日本酒)、そういった物が並んでいた。
扉を開けて満足した私は、いつの間にか握っていた百円玉をそれらに並べて、くまのぬいぐるみと一緒にお参りした。
「ぬいぐるみを捨てなくていいってなりますように」
……そこで目が覚めた。
そしていまさっきまで見ていた夢を思い返して、色々おかしい事に気付く。
田舎に住んではいたが、家の目の前に空き地なんてない。クローバーはいつも近くの公園か知ってるおばちゃんの畑の隅っこ、それか神社の近くで探していた。
そうだ、神社らしきあれもおかしい。
そもそも歩いて行ける範囲には畑ばかりで田んぼはなく、あんな小さな神社みたいなものだって見た事がない。
変な夢だったな、とおもってから、夢で見たくまのぬいぐるみを探す。ない。
血の気が引いた。
くまのぬいぐるみだけでなく、他にもいくつかぬいぐるみがないと気付いて、私は泣き出した。
……種明かしをすれば、母が手離さないで済むようにと私のぬいぐるみたちを洗っていただけだったのだが。
私が寝ている間に干すとこまで済ませようという腹積もりだったようだが、運悪く早めに目が覚めた私が大騒ぎしたせいで、これからこっそりじゃなく、一緒に洗うと約束した。
くまのぬいぐるみを干す時に、母が入っていたものは出したから、とテーブルを指した。
何も入れてなかったはずなのにと目をやると、ぐしゃぐしゃの萎れたクローバーがあった。
結局、そのまましばらく病気は治らなかった。
けどぬいぐるみはひとつも手放さなかった。
両親も医師と相談してくれて、それ以上増やさないようにして、持っているものも毎週のように洗うという日々が続いた。
もうかなりの年月が経ち、病気も落ち着いて今ではまたぬいぐるみを増やせるくらい元気になった。
あの神社のようなものは未だに見掛けた事がないけど、いつかくまのぬいぐるみを連れてお礼参りをしに行きたい。
よかったね。私の妹についてだけど、妹が小学生の頃、母が朝晩働いていて、いつも家に居なかったの、私は家を出ていたから殆んど家に帰ることもなくてね、妹はいつも一人で家にいたのよ、たまには妹の顔をみに帰ろうと思い、妹の誕生日に熊のぬいぐるみを買ってあげたわ、嬉しいことにそのぬいぐるみ20才過ぎても持ってくれていてね、嬉かったわ、ボロボロになって手足が契れかけていても自分で縫い付けて大事に持ってくれていたわ。
自分が選んで好きなものはもちろんですが、大好きな人に貰った大好きなものはずっとずっと持っていたくなりますよね。
なるべく長く傍にいてほしいと思えるくらい大切に出来る宝物を貰えた妹さんも、それをプレゼントして差し上げた貴女も素敵です。
良いお話し、ありがとうございます。
取り出されたクローバーは四つ葉だったのかな?
昔探偵番組で四つ葉見つけるの速い女の子やってたけど、なかなか面白かったし、ちょっと怖かった。