私は、『それ』が『見てはいけないモノ』であることを幼いながらに直感で理解しました。
にも関わらず、恐怖のあまり指先一つ動かすこともできません。
貼り付けられたように全身がこわばり、今にもバラバラになってしまいそうでした。
うまく呼吸もできなくなり、思わず漠然と死を覚悟します。
実際にはたったの数秒だったと思いますが、永遠とも思えるような時間ののち、
『それ』が微かに揺れ動いたように見えました。
瞬間、私は跳ねるように走り出し、階段を駆け上がって姉の部屋に飛び込みました。
「なんっ、なんか、下になんかおった。兄ちゃんじゃなかった、絶対。」
机に向かう姉の肩を力任せに揺さぶり、震えながら必死になって自分が見たものを説明しました。
突然のことで面食らった姉はいまいち状況を飲み込めていない様子でしたが、
私の尋常ではない怯えようを見て、話を信じてくれたようでした。
「姉ちゃんも、ドア開ける音聞いたやろ?足音もしてたやろ?怖いって、ベランダからでも逃げよって。」
パニックになっていた私は早口でまくし立てました。
私と同じように1階の物音が聞こえていたという姉は、私を気遣ってか落ち着かせるように話してくれました。
「大丈夫、大丈夫やって。ここまでは上って来られへんから。放っとけば、そのうち帰ってくれるから。」
姉になだめられて徐々に落ち着きを取り戻した私はそのまま、
階段から一番離れた姉の部屋で過ごすことにしました。
それから姉は、私の気を紛らわせるために絶えず他愛のない話をしてくれました。
私は、少しでも階段から離れたくて姉の部屋の隅でうずくまって話を聞いていました。
しばらくそうしてもらえたおかげで、いくらか安心することができました。
しかし、
ダン、ダン、ダン、ダン。
また、1階から足音がしたのです。
まるで存在を主張するかのような、明らかに先程よりも大きい足音でした。
私は思わず、悲鳴を上げてしまいました。
姉も、口にはしないものの手足を震わせていました。
足音が止まったのは、階段の下だったのです。
「近付いてきてる。姉ちゃん、来てるって。」
私は再び訪れた恐怖に、ただ震えるばかりでした。
それまで椅子に座って私と話してくれていた姉は、椅子から降りて私の隣に座りました。
姉もさすがに恐怖を感じたのか、気付けば私の手を握っていました。

























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