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呪い・祟り

シンヤさんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

市松人形
長編 2026/08/28 16:17 156view

女性だった、と。
浴室で、手首を切ったのだと。
亮は、一瞬、口をつぐみました。
けれど、

――菊と一緒なら、大丈夫だ。ばあちゃんが、守ってくれる。

その日のうちに、契約書に判を押しました。
引っ越し初日の夜から、それは、始まりました。
台所で、蛇口をひねる音。
誰もいない廊下を、ぺた、ぺた、と歩く裸足の音。
テレビが消えているのに、砂嵐のような音だけが漏れてくる。
普通なら、逃げ出します。
けれど亮は、テレビの横の菊を見て、深く息を吐くんです。

「ばあちゃんがいる。大丈夫だ」
そう自分に言い聞かせて、布団を被って、目を閉じる。
――怪奇現象は恐ろしかったが、「ばあちゃんがいる」この事実が亮に恐怖よりも安心感を与えていたのだと思います。

異変が「内側」に入り込んできたのは、それから数週間後のことです。亮は、悪夢を見るようになりました。
夢の中の菊は、最初、いつもと同じ場所にいる。
けれど、見るたびに、少しずつ変わっていくんです。
一度目の夢では、あの穏やかな微笑みが、口角だけ、ほんの少しだけ吊り上がっていた。
二度目の夢では、まぶたの奥に、黒い炎のような、憎しみが灯っていた。
三度目、四度目と回を重ねるごとに、菊の身体は、少しずつ、大きくなっていった。
元の大きさから膝丈ぐらいの大きさに。
膝丈ぐらいの大きさから腰に届くぐらいの大きさに。
夢から覚めるたびに、亮は菊の顔をまじまじと見つめました。

そこにあるのは、いつもの、穏やかな市松人形の顔。
それでも、亮の背中には、じっとりと汗が滲むようになっていた。
「ばあちゃんが、いる」――そう思う気持ちに、少しずつ、
「気味が悪い」という感情が、混ざり始めていました。
寝不足で頬のこけた亮から、僕のスマホに電話が入ったのは、そんな時期でした。

「……啓介、ちょっと聞いてほしいことがあってさ」
「どうした?何だか元気が無いな」
「うん。……夢の話なんだけどさ。ばあちゃんの人形が、夢の中で、育ってくんだよ」
僕は、電話越しに、彼が笑おうとして失敗したのが分かりました。
「あくまで夢の話だろ?・・・でも、まぁ、そんなに気になるなら、一回、お祓い行ってみたらどうだ?」
「……お祓いかぁ、行ったほうがいいかな?」
「もし1人じゃ心細いって言うなら、僕もついて行ってやるから。ただ僕、今、大阪に出張中で。金曜には帰るから、そしたらすぐそっち行くから。それまで、無理すんな。人形は押し入れにでも仕舞っとけ」
亮は、少し黙ってから、こう言いました。
「――押し入れは、駄目だ。ばあちゃんが、寂しがる」

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