私は、その場から動けなかった。
父は、本当におかしくなっていた。あの占い師の言葉を、父は本気で信じていた。
弟を見て、母を奪われると思い込んでいる。そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
母に話すべきだろうか。誰か大人に相談するべきだろうか。
そう迷い始めてから三日後だった。弟は死んだ。
その日、父と弟は二人で近所の河原へ出掛けていた。
母はまた風邪気味で家に残り、私は部活に行っていた。部活動中、母から電話が掛かってきた。
震える声だった。
「……お願い……すぐ来て」
それしか言わなかった。
病院には警察が来ていた。父は泥だらけの服のまま座り込み、ぼんやりと床を見つめていた。
弟は川へ落ちたらしい。父が助けようと飛び込んだ時には、もう流された後だったという。
父はその後、警察署でも何度も状況を聞かれた。でも、疑う理由は何も出てこなかった。
誰が見ても、必死に息子を助けようとした父だった。
なのに、私の頭から離れなかった。
『あいつさえいなければ』
『〇〇を返せ』
あのノートの文字が。
弟の「わざとじゃないと思う」という震えた声が。
父を疑う自分と、疑いたくない自分が、ずっと頭の中で争っていた。
父は本当に弟を助けようとしたのか。それとも――
そんな考えが浮かぶたび、私は必死に打ち消した。
父は泣いていた。食事も喉を通らず、一晩中弟の名前を呼ぶ夜もあった。
こんな父を疑うなんて、私の方がおかしいのだ。
そう思おうとした。
四十九日が終わった頃だった。
母が久しぶりに笑った。
近所の子どもが転んで泣いていた。母は慌てて駆け寄り、「大丈夫?」と優しく声を掛ける。
子どもが泣き止むと、母はほっとしたように笑った。





























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