奇々怪々 お知らせ

ヒトコワ

あんぱんさんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

前世では、あなたの旦那さんです。
長編 2026/08/02 08:15 524view

私は、その場から動けなかった。

父は、本当におかしくなっていた。あの占い師の言葉を、父は本気で信じていた。

弟を見て、母を奪われると思い込んでいる。そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、背中に冷たい汗が流れた。

母に話すべきだろうか。誰か大人に相談するべきだろうか。

そう迷い始めてから三日後だった。弟は死んだ。

その日、父と弟は二人で近所の河原へ出掛けていた。

母はまた風邪気味で家に残り、私は部活に行っていた。部活動中、母から電話が掛かってきた。

震える声だった。

「……お願い……すぐ来て」

それしか言わなかった。

病院には警察が来ていた。父は泥だらけの服のまま座り込み、ぼんやりと床を見つめていた。

弟は川へ落ちたらしい。父が助けようと飛び込んだ時には、もう流された後だったという。

父はその後、警察署でも何度も状況を聞かれた。でも、疑う理由は何も出てこなかった。

誰が見ても、必死に息子を助けようとした父だった。

なのに、私の頭から離れなかった。

『あいつさえいなければ』

『〇〇を返せ』

あのノートの文字が。

弟の「わざとじゃないと思う」という震えた声が。

父を疑う自分と、疑いたくない自分が、ずっと頭の中で争っていた。

父は本当に弟を助けようとしたのか。それとも――

そんな考えが浮かぶたび、私は必死に打ち消した。

父は泣いていた。食事も喉を通らず、一晩中弟の名前を呼ぶ夜もあった。

こんな父を疑うなんて、私の方がおかしいのだ。

そう思おうとした。

四十九日が終わった頃だった。

母が久しぶりに笑った。

近所の子どもが転んで泣いていた。母は慌てて駆け寄り、「大丈夫?」と優しく声を掛ける。

子どもが泣き止むと、母はほっとしたように笑った。

7/8
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。