その次のページには、震えた字で一行。
『電話が鳴ったら出るな。居場所を教えることになる。』
背筋が冷えた。
その瞬間、店の電話が鳴った。
反射的に振り向いた。受話器はさっきの位置に戻してある。店の中央からだと、ちょうど電話の向こうに、ガラス戸が見える。その戸に、街灯の反射とは違う影が映っていた。
店の中に、誰か立っている。
俺はゆっくり振り返った。誰もいない。
なのに、ガラスには影がある。背の高い人影。首だけが、不自然に傾いている。
電話が鳴り続ける。
出るな。ノートの文が頭をよぎった。だが、影が少しずつ近づいていた。ガラスに映るだけの影が、レジへ向かって一歩ずつ寄ってくる。実際の店内には何もいないまま。
五回目のコールで切れた。
影も消えた。
俺はその場にへたり込みそうになった。鼓動がうるさい。もう帰ろうと思った。ノートを閉じて鞄に押し込み、シャッターの鍵を探した。そのとき、店の奥、老人が死んだバックヤードから、ぺた、ぺた、と音がした。
裸足の足音だった。
床に湿ったものが触れるような、重たく遅い音。
ぺた。ぺた。ぺた。
暗い通路の奥から、こちらへ向かってくる。
逃げようとしたが、足が動かなかった。通路の先に、白いものが見えた。顔だった。顔だけが、棚の陰から少しずつ出てきた。髪は濡れて頬に貼りつき、口が半開きで、目が妙に大きい。老人だった。三日前に死んだはずの店主が、首をだらりと曲げたまま、こちらを見ていた。
いや、見ていなかった。
老人の視線は、俺の少し横、レジ横の電話機に向いていた。
電話が鳴った。
店主の死体みたいなものが、ぴくりと震えた。次の瞬間、異様な速さで奥へ引っ込んだ。足音がばたばたと遠ざかる。逃げたのだ。何かから。
電話は鳴り続けている。
出るな。頭ではわかっていた。
だが、店の奥からまた足音が近づいてくる気配がして、俺はとうとう受話器を取った。
「もしもし!」
叫ぶように言った。
沈黙。
それから、今度ははっきり老人の声がした。
死ぬ前と同じ、しゃがれた声。


























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