俺は「とにかくこれから別の用事があるから」とPに伝え、自分が注文したものの代金を払い、カフェを後にした。
ところが、その後もPは俺のアパートのすぐ近くで俺の帰りを待っていた。
ある時彼は夜空を指さして、
「そこにフランク王国への入り口があるから、今から一緒に旅行に行こう。」
と、俺を誘ってきた。
もちろん、そんな入り口など俺には見えやしない。
「俺は行かないよ。それより早く帰ってよ。この間も『もう来ないで』と言ったよね。」
と、断った。そうしたらPは、
「じゃ、幽体離脱して一人旅と行きますか。」
と呟いた。
続いて彼はその場で煙草の火を消し、地べたに座ったままで目を閉じた。
その後、彼の声はまるで別人のように低くなり、
「朕の名はシャルルマーニュ。偉大なるローマ帝国の皇帝である。」
と、重々しく名乗った。(日本語で)
Pには誇大妄想があるが、存在するはずのないものが見え、幻聴まで聞こえるのだ。それからも、Pは繁忙期になると一層ストレスを感じるのか、無連絡のままで俺のアパートにやって来ることが増えた。そして、部屋の中で何時間もわけの分からないことで俺をなじった。彼はその日の朝9時ぐらいに、Pを誹謗・中傷する内容の市内放送を聞いたという。もちろんそんな事実はなく、Pの妄想か幻聴である。補記すると、Pが怒り喚いている間、俺は食事も風呂も許されなかった。俺が借りている部屋なのに、トイレにいる時だけが俺の自由時間だった。
幸い、Pが俺の営業所の近くで待ち伏せていることは基本的になかった。彼は外面を気にするタイプだったからだ。しかし、Pが何度も俺のアパートの近くで待ち受けているから、俺はタクシーでビジホに避難することが増えた。皆さんも想像されているかもしれないが、その時は俺の携帯に、おびただしい数の着信と恐ろしい内容のメールがずらりと並んでいた。翌日の業務終了後、自転車でアパートに帰ると、思ったとおり俺の郵便受けの中にPからのメモが入っていた。
”午前2時まで待ってやったのに、何で帰って来なかったんだ!バカヤロー”
と。
ビジホに泊まる資金がなくなり、自転車でアパートに帰ると、眉間に皺をよせて唇をへの字に曲げたPが、アパートの角部屋の陰に隠れているのだ。その時、Pは決まってこう言うのだ。
【オレをここまで怒らせるお前が悪い。お前が忘れた頃に、必ず仕返しをしてやるからな!】
























花蘇芳(沈丁花)です。【本当に恐ろしいのは(最終章)】と副題を設けましたが、短編はもう少し続きます。