何も書かれていない非常扉を真正面に立ち、全く振り返らず、ドアノブにも手をかけずにただただ棒立ちしていて。
その姿がとても気味悪く思ったのを今でも覚えています。
数十秒経ったでしょうか。Aくんがノブに手をかけ、
「いくよ」
Aくんはそう言い、普通に扉を開け、目の前の部屋のドアを開けて入っていきました。
聞きたいことは色々ありましたが、一旦気にせず涼しい風の漏れる彼の家へ入ります。
「おかえり」「いらっしゃい」
Aくんのお母さんの声が奥から2回聞こえました。
とても若いお母さんで、注いでくれたカルピスはとても冷えていて美味しかったのを覚えています。
時間を忘れてゲームに没頭していると、夏とはいえど6時半には外の様子が夕暮れのオレンジへと変わっていました。
そろそろ帰ると伝えると、Aくんは玄関まで送ってくれました。
明日も遊ぶ約束をし、バイバイと言って玄関の扉が閉まります。
エレベーターの下ボタンを押し、待っている時でした。
「あ、充電器…」
Aくんの家にゲーム機の充電器を置いていた事を思い出しました。
エレベーターは上がり始めていましたが、気にせず部屋の玄関のピンポンを押しました。
と同時に、玄関のドアが開きました。
「……」
Aくんが真顔でこちらを見つめていました。
悲しそうな、何も考えていなさそうな、少し笑っているようにも怒っているようにも取れるような、普段見たことの無い表情でした。
ごめん、充電器…
「そっか。いィよ。上がっテよ」
Aくんの声は無機質で、まるで録音されたラジオのようなトーンでした。
























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。