Aくんの様子が明らかにおかしい。そう感じました。
後になって冷静に考えれば、ドアの前で待ち構えていないとピンポンが鳴ってからあの時間で扉が開くのはおかしいのです。
これはAくんだけどAくんじゃない。
おかしさに気付けなかった当時ですら、直感はそう告げていました。
「上ガってよ」
Aくんは繰り返します。
ふと、Aくんの肩の奥の方で人影が見えました。
夕日の逆光で上手く見えませんでしたが、シルエットはかなり大きく、手足が長い人型のような何かがいました。
首らしきものは後ろに反るように斜めを向き、蜘蛛のように手足の関節をゆっくり曲げていました。
おかしい。さっきまでいたリビングではない。
よく見ると廊下も明かりが消えており、さっきまでとは比べ物にならない暗さでした。
Aくんの足元にふと目を移すと、砂鉄のような山を乗せた小皿がありました。
その時はそのお皿の意味は分かりませんでしたが、それも含めてとにかく全てが不気味に思えて仕方ありませんでした。
状況の全てが明らかに異常そのものでした。
完全に体が固まって動けないでいると、
ブーッ ブーッ ブーッ
ガラケーのバイブがポケットで震えました。
そこで完全に我に返り、
ごめん。バイバイ。
そう言って、エレベーターを待たず非常扉から飛び跳ねるように1階まで全速力で駆け下りました。
何度も足がもつれそうになりましたが、脇目を振らず身を乗り出すように、とにかく下へ下へと急ぎました。

























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