人は、記憶の中にある風景を、勝手に「確かだった」と思い込むらしい。
だが、本当にそうなのか。
俺はいまでも、あの白い線を思い出すたびに、どうしても自分の記憶を疑ってしまう。
あれが実際に存在していたのか、それとも、俺が見た幻だったのか。
三十を越えた頃、地元に戻ることになった。
都市開発の記事を書く依頼を受けて、再開発の進む北条地区を取材していたのだが、
そこに、俺の通っていた小学校が含まれていると知ったのは偶然だった。
母校の名前を地図上で見つけた瞬間、心の奥の何かがざわめいた。
〈黒澤第一小学校跡地〉。
既に統合されて十年以上が経つ。
グラウンドも校舎も取り壊され、いまは更地になっているという。
だが——その“跡”を見たとき、俺は思わず息を呑んだ。
夕方、取材の合間に現地へ足を運んだ。
重機の音が遠くで響き、地面は土色の海のように平らに均されていた。
だが、敷地のいちばん奥、体育倉庫があったあたりにだけ、
奇妙に草が円を描くように枯れていた。
風が止み、工事の音も遠のく。
目を凝らすと、そこにかすかに白い跡があった。
まるで、何かがそこに描かれていたような——輪のような、円のような。
思い出したのだ。
あの白線を。
俺たちは“あれ”を「環(わ)」と呼んでいた。
運動場の隅、体育倉庫の裏手に、いつも消えない白線があった。
ほかのラインが消えても、それだけはなぜか残っていた。
走り幅跳びの目印だと先生は言っていたが、
あんな場所でそんな競技をやった覚えはない。
それに、あの白線は少しずつずれていた。
一年に一度、運動会の準備の時期になると、位置が変わっているのだ。
まるで“何かを探している”ように、中心が、動いていた。






















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