奇々怪々 お知らせ

ヒトコワ

大鷹恵さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

貸本漫画家が体験した怖い話
長編 2025/10/06 21:47 802view

「それにね。私の自伝的ホラー漫画「宇佐見の怪奇手記」が発売されただろ?」
昭和30年代を代表する貸本漫画家、宇佐見蓮次郎はアユの塩焼きを食べながら、私に蓮次郎の新作漫画である「宇佐見の怪奇手記」の出版の際に起こったことを話し始めた。そもそも新作が出せたのは蓮次郎の貸本ホラー漫画がリバイバルヒットを飛ばしたからである。なお、出版社の編集者である小杉達弘は蓮次郎はもう死んでいると思い、版権を取るため、遺族に連絡を取った所、生存していると聞かされ、驚いていたという。まるで横溝正史が死んでいると思っていた角川春樹のエピソードみたいである。さて、蓮次郎の貸本ホラー漫画か復刊されていくにつれ、小杉から
「蓮次郎さん。そう出し惜しみしないでドンドン漫画を出してくださいよ。うちの出版社は蓮次郎さんの漫画を今年の秋までかなりの単行本の数をそろえて、「宇佐見蓮次郎フェア」で行く予定ですから」
なんて言われてドキッとした。蓮次郎は
「あんまり無理しないでよ」
と言う。過去に書かれた漫画だけだといずれストックが尽きて出せなくなってしまう、そこで試合終了なのだ。そこで小杉達弘から
「蓮次郎さん。ここで一つ、単行本書き下ろしとして新作漫画を一本出してみませんか?」
とオファーが来たのだ。当然のごとく、蓮次郎は引き受けることにした。なお、「宇佐見の怪奇手記」は蓮次郎が貸本漫画家として活躍していた昭和32年から昭和39年までの関西地方が舞台になっている(そして、ホラー描写も満載であった)。久しぶりの漫画の仕事に蓮次郎のペンは速かった。これは言うまでもないが画風は相変わらず「さいとうたかを」の劇画みたいなタッチであった。さて、漫画の原稿を出版社に持って行く事になった。出版社に着くと
「蓮次郎さん。では原稿を確認します」
小杉達弘は原稿を見る。
「こいつぁすげぇや。やはり伝説の貸本漫画家なだけにある。それに関西の漫画業界がよく分かりますよ。それにさいとうたかを先生や佐藤まさあき先生との交流や対立も書かれているなんて・・・。もはや「裏トキワ荘物語」と言っても過言ではないですね」
「はははッ。小杉くん、オーバーな言いぐさですよ」

「とりあえず、原稿は預かっておきます。また連絡するのでシクヨロ」
小杉は蓮次郎に頭を下げる。小杉との会話を終えた蓮次郎は口笛を吹きながら、出版社の玄関に出ようとした。そこにスーツを着た女性がつかつかと出版社に入って行く。蓮次郎は女性に違和感を感じた。すぐさま、小杉の所に行く。
「どーしたんです?」
「小杉くん。今、スーツを着た女性が入ってこなかったか?」
「スーツの女性?ああ、M子さんの事ね」
「知っているのか?」
「ええ。M子さんな、20代後半にして、バリバリのキャリアウーマンなんですよ。それとね・・・」
小杉は小指を立てれる。
「ははぁん、分かったぞ。社長の愛人だな?」
「そーゆーことです」
小杉は肩をすくめる。蓮次郎は
「小杉くん。実はな、M子さんにあった事があるんだよ」

と告げる。
「小杉くんは1970年代後半から1990年代後半にかけて大活躍した人気漫画家マルコメ太郎の事を知っているかい?」
「知っています。ラブコメ、SF、ファンタジー、スポーツ漫画のヒット作の二番煎じかつ焼き回し粗製乱造し過ぎたことで有名な方ですね(なんせ、マルコメ太郎の全盛期は連載漫画を3つ持っていたのだ)。ところがある日を境に連載漫画の質も悪くなり、読者からの人気が無くなってフェードアウトしたと聞きました」
「実はな。マルコメ太郎はある女におぼれていたからなんだ」
「ええ!そんな話初めて聞きましたよ!」
「まぁその話を知っているのはごく一部の人間だけだからね。以前、竜さんにこの話をしたら、「まるでイザベル・アジャーニ主演のサスペンス映画「死への逃避行」みたいですね」と言っていたよ。私としては「ブラック・ウィドー」なんだけどね。まぁその二作品はサミー・フレイが出ているのもポイントだな、はははッ。とかく、私はマルコメ太郎と女がフィリピンでいちゃついている現場(マルコメの奴、漫画の取材でフィリピンで旅行していたらしい。私もフィリピンに買春&怪談話の収集の為行っていただがね。はははッ)を見たことがある。今から写真を見せる」
蓮次郎はマルコメ太郎と女が映っている写真を見せた。
「これ!M子さんじゃないですか!?」
「ああ。その女性も私の前でM子と名乗ったんだ。マルコメ太郎のM子ののめり込みも尋常ではなかった。末期になると漫画のクオリティがぐちゃぐちゃだったし、アシスタントが次々と辞めていくし・・・。そ・し・て!漫画家としての仕事を全部なくしたマルコメ太郎は人知れず失踪した。奴は未だに行方知れずだよ」
「ひぇぇぇ~」
「こらこら、小杉くん。ムンクの「叫び」の物まねはやめてくれよ。あ、あの女。こっちの方を振り向きやがった」
M子は蓮次郎を睨みつける。
「どーやら、あの若いキャリアウーマンはマルコメ太郎と付き合っていた女と同一人物だったようだ・・・」
蓮次郎はニヤリと笑う。小杉はそんな蓮次郎を見て、汗だくだくなのは言うまでもなかった。

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