──ピンポーン。
「……こんな時間に誰……?」
すると、廊下をトコトコと歩く音がした。
誰かが玄関へ向かっている。
──隼人!
咲子は飛び起き、慌てて廊下に出た。
「隼人、開けちゃだめ!」
まさに今鍵を開けようとしていた寸でで、隼人が。
「お母さん?」
隼人の手を引っ張り、部屋の中へ引きずり戻す。
ポカーンとした隼人を尻目に、咲子はドアスコープから
そっと音を立てずに覗いてみた。
──そこには、白い風呂敷を手にぶら下げた老婆の姿。
だけど、暗がりで全部はよく見えない。
輪郭だけが見え、目も口も、光の加減のようにぼやけていた。
その“何か”が、口を開いたように見えた。
「……ややこ、出せ」
悲鳴をあげそうになるのを、慌てて手で口を覆う。
ふと、佳代が言っていたことを思い出した。
(あれは、名前を知らない、名前を聞くことで正体を
見破ることができる)
咲子は、小さな声で言った。
「あなたの名前を教えて」
しばしの沈黙。
返事は、なかった。
そして、次の瞬間には、老婆の姿は消えていた。
翌日──お盆二日目の夜。
日中の騒がしさが嘘のように、あたりは静まり返っていた。
仏間の蝋燭の灯りだけが、小さな炎を揺らしている。
咲子は心美を寝かしつけたあと、胸騒ぎを抱えながら
玄関の鍵を何度も確かめた。
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