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心霊

nickningenさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

小さな手
長編 2025/08/07 02:37 1,690view
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仕切りの向こう側の扉が開いた。
痩せ型で手錠をかけられた背の高い男が職員に連れられて出てきた。
その男は仕切りの向こう側の席に座った。
「日本記録情報庁の鹿島と申します。
あなたは中原拓海さんでよろしいですか?」
「はい。そっちの男は誰ですか?」
「彼は根津。本日は記録係として同行しております。」
根津は軽く会釈した。
「喋る係の人ではないんですね。
今日は鹿島さんとお話すればいいですか?」
その目は虚で、ぽっかりと空いた黒い瞳には何も映していないように感じた。
「はい、いくつか質問に答えてもら」
「なぜ殺したかですか?」
一瞬、鋭利な光が瞳に灯った。
食い気味に返され私は少し狼狽えてしまった。
「…はい、ではまずそこからお願いします。」
「どの人ですか?何人目の人ですか?」
それぞれの人毎に動機があるということか。
「では、1人目からお願いします。」
「なぜ殺したか、わからない。」
「わからないとは?」
「私の意思じゃなかった。
最初は女性を殺したと思う。
なにかがスッと失われた気がした。
全然面識もなくて、気づいたら目の前で誰だか分からない人が死んでた。
不思議と恐怖はなくて…そのまま家に帰って眠った。
なんだか疲れていた。」
「その女性との面識は?」
「全くない。
死んだ顔が初めましてだった。」
面会室に静寂が広がる。
殺人自体が目的という意味なのだろうか。

「二人目は熱海に旅行に行った時だった。
若いカップルの男の方を殺した。
この人も全く知らない人だった。
また、気がついたら誰だか分からない人が死んでいた。
若い女は突然のことに驚いて、泣きながら通報していた。
不思議と恐怖はなく、そのままホテルに帰った。
サイレンの音と子供の声がした。」
1人殺して呑気に熱海旅行?
この男が纏う空虚な雰囲気は、人間性が欠落しているせいだと思った。
ただそれよりも、もう1つの違和感が気になった。
「子供の声というのは、近くにいた子供が泣いていたということですか?」
中原の視線は私を通り越して、その時の記憶を再生しているように見えた。
「いや…笑い声だった。」
幻聴か超常か…とりあえず記録しておく他なかった。
「三人目は会社の上司だった。
初めて気づいたが、子供の小さな手が上司を指差していた。
この時、私は私が殺したい人間を殺しているわけではないと確信した。
初めて知ってる人を殺したが、やはり何も感じなかった。
もはや、私自身が手を下しているのかも分からなかった。
オフィスは突然上司が死んで大騒ぎだった。」
脳内に靄が広がった。
ガラスの仕切りに映る自分の顔に、目の焦点が合っていた。
根津はそれでも記録を取り続けていた。
それを見て現実に意識が引き戻された。
内心感謝しているが、調子に乗るので一生胸の中にしまっておこうと思った。
「聞きたいことが沢山あるのですが、そもそもオフィスで上司を殺害して、なぜあなたは捕まっていないのでしょうか?」
「わからない。
私が殺人に使った凶器は消え、誰も私を疑わない。
オフィスで騒いでいる同僚も、泣き叫ぶカップルの若い女も、
まるで窓の外の夕立のように、世界から切り離されていた。」
離人感では説明のつかない非現実が現実になっていた。
「あなたは自分の意思で殺人をしていない?」

「はい」
「誰かに導かれている?」
「はい」
「一体誰に?」
「わからない。おそらく子供。
子供が指差した人を殺す。
それだけなんだ。」
子供は自分の中の理由なき殺人衝動の象徴的な何かか?分裂した精神の断片なのか?
どれも私の中では間違ったパズルピースのようにしっくりこなかった。
「あなたは18人目にあなたの父親を殺害し、その後、自首しています。
この父親に対してもその子供が指を差したのですか?」
「・・・」
長い沈黙があった。
中原の目が初めて人間らしい光を宿した。
「中原さん?」
「…父だけは私の意思で殺した。
17人の殺人はどれも私にとって窓の外の出来事だった。
私は人間でなくなったのかもしれない。
そう思いながら、実家へ帰った。
私の意思で父を殺すためだ。
これは意味のない殺人を繰り返す私自身に対する抵抗だった!
…それでも何も感じないのであれば、私の意志はもうなくなったのだと諦めることにしていた。
だが実際父を手にかけた時、スッーと何かが返ってきた。
父の亡骸を見て私は打ちのめされた。
…父親のことは尊敬していた。
私がどんな人間になっても、帰ってくる場所としてそこにいてくれる人だった。
…凶器は消えなかった。
私は解放されたのだ。
私は自首し18人の殺害について自供した。」
中原の瞳が揺らめいていた。
自己意思の証明の対価が大きすぎると思った。
「父を殺して以来、小さな手は現れなかった。
それでも…17人の殺人はいまだにニュースの報道以上のものではない。」

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