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不思議体験

睦月ニコさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

堪忍なぁ
長編 2025/07/25 17:44 4,137view

追いかけた先、Bがトンネルの出口で怒声を上げていました。
「おい! お前何なんだよ、おい!」
暗闇で状況が呑み込めない私。よく見ると、Bが茂みの中で誰かにつかみかかっているのが見えました。
赤ん坊の泣き声は小さくなったものの、まだ聞こえていた。
「こんなところに人がいるのか?」と困惑する中、スマホのライトがその人物を照らした瞬間、私は思わずたじろいだ。

茂みの中でBが掴みかかっていたのは、ひとりの老人でした。

最初に感じたのは、鼻につくような腐った水の匂い。肩まで伸びたくしゃくしゃの長髪には泥と枯葉が絡まり、まるで何かに引きずられたように乱れていた。ライトに照らされた顔は土色にくすみ、白く濁った眼は焦点が定まらず、どこを見ているのか分からない。
Bに掴みかかられているにもかかわらず、老人は抵抗する様子もなく、口元だけがゆっくりとにやついていた。

さらにおかしなことに、赤ん坊の泣き声が、この老人の体の中から漏れ出るように聞こえてきた。

私は異様な雰囲気に気圧されながらも、掴みかかるBを引き離そうと、割って入ります。
Bも混乱しているようで「こいつが!こいつが!」吠えるように叫びながら、老人を指さしていました。老人の繰り返す声、赤ん坊の泣き声、Bの怒号。どこか現実味がなく、Aが早く来てくれと内心祈りながら、Bを老人から引き離そうとしていました。
匂いがひどく、恐怖で老人の方は見れなかったものの、近くにきたことで漸く老人が話している内容を聞き取ることができました。

「堪忍なぁ、堪忍なぁ」

私は興奮するBの肩を腕で抑え、何とか引き離すと、つい老人の方を見てしまった。

老人はだらりと口を開け、「堪忍なぁ、堪忍なぁ」と繰り返していた。
その声はどこかおぼつかなく、掠れているのに、徐々に大きくなっていくように感じられた。

それに反比例するように、赤ん坊の泣き声は次第に小さくなっていく。
私はその異様な光景に目を逸らしたくなりながらも、どうしても老人の顔から目を離せなかった。

そして、ふと気づいた。
老人の口には、歯がなかった。
だらりと開いた口の奥は、濁った黒い穴のように見えた。
その穴が、ゆっくりと開閉しながら、「堪忍なぁ、堪忍なぁ」と声を漏らしている。
その瞬間、胸の奥がざわついた。
どこかで見たことがあるような顔だ。
思い出せないのに、確かに記憶の片隅に引っかかっているような、そんな感覚だった。

3/5
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