目覚ましのベル

今になって思えばこのあたりで手を引いておくべきだったと思う。
学校の授業中も、友達と遊んでいても、早く寝たい、夢を見たいという思いが強くなり夢中になって自制が利かなくなっていった。

3回に1回は見たい夢が見れるようになった頃、今度は内容に不満を持ち始めたんだ。
夢なのだからなんだってできる。そう思っていたが実際はそうはいかなかった。

例えば大好きだったドラゴンボールの世界。舞◯術は低速低空飛行しかできず、かめ◯め波はジェット風船みたいに弱々しいものしかでない。
好きな女の子を呼び出せば、ミイラ状態で現れる。
成功率は上がっても内容の精度が下がり、折角夢の中にいるのに思うようにできないことを歯がゆく感じるようになっていた。

この頃には夢の中でも、自分は狙ってこの夢を引き当てたと自覚できるようになっていて、いわゆる明晰夢でいることが当たり前になっていた。
これが原因だと考えたんだ。
夢だと自覚しているがゆえに、どうしても現実がちらついてしまう。現実ではできないことを夢で叶えようという意識自体が足を引っ張っていると考えるようになっていった。

夢を自覚できると同時に虚構であると嫌でも理解してしまう。するとやりたいことは実現できても、思い描いたとおりとはいかない。
一方で夢だと自覚していなければ夢の世界を現実として受け止めることができるが、そもそも思い通りにしてやろうという発想がわかない。

夢を自覚した上で、自分はスーパーマンのようになんだって思い通りにできて当然なんだと100%思い込むことができれば上手くいくのだろう。

けれどもそれは不可能だ。
仮にそんな事が出来きてしまえば、現実でも同じように自分をスーパーマンだと思い込めているはずで、でも実際にはスーパーマンじゃない。
それはもはやただの狂人だ。

思うようにいかない日々に苛立ちつつ、暫くすると別のアプローチを思いついた。
現実と夢の境界をぼかして自分自身でもわからない状態にすれば、夢を見つつ”夢だ”という意識を持たずにいることができるのでは？いやむしろ現実の方に夢を持ち込むことはできないだろうか。

現実で起きたまま見る夢・・・白昼夢、幻覚、呼び方は分からないがそういったものを経験したことはあったし、その時に見た非現実的な出来事は夢だと自覚はできず現実として認識していた。
その夢は覚めておしまいだったが、その状態を継続させれば何かできそうだと思った。

起きながら夢を見て、夢だから非現実的な（スーパーマンになる）ことが可能で、でも起きているからこそそれは現実で、それを根拠に非現実的な（自分がスーパーマンである）ことを本気で思い込める。
我ながら訳がわからないがそんな事を考えていた。

まずは出来るだけ常に眠たい状態でいられるよう、睡眠時間を削ることから始めた。
夜は出来るだけ寝ないように我慢して学校の昼休みと嫌いな社会の時間は寝ることにした。

夜に寝ることを我慢するのは本当に辛かった。
必死に耐えても瞼が自然と下がってくる。

初日は2時頃にに寝てしまった。
翌日は5時頃まで我慢できた。
ただ我慢し続けるだけではなく、寝落ちの瞬間に全神経を注ぎ込み外部刺激は使わずに気合だけで耐えるということを繰り返した。
寝る直前までは普通に寝ようとし、いざ寝落ちするという瞬間に精神力だけで全力で耐えるのだ。
苦行だった。
さらに数日同じことを続けていると金縛りになった。
何かが廊下を歩いてくる。
爪が床を掻く不快な音とともに。
何かが部屋に侵入し腹の上に重くのしかかる。
これは過去に飼っていた犬だと気づき、やっぱりこの方法だと確信した。
金縛りきっかけに恐怖心が湧き上がり、強制的に身近な死のイメージである過去の飼い犬のことをを想起させられたんだ。
イメージが夢となり、足音や触感が現実に上書きされていく。
他人に影響がなくとも、自分だけの世界・現実を作ることができた。
もしかしたらこれは心霊的な現象だったのかもしれないが、俺は夢の延長にあるものだと断定していた。