金縛り

金縛りというものが心霊現象なのかと言われると少し疑問に思う方もいるかもしれない。

　でも体験した者を恐怖のドン底に陥れる現象だと言う事は経験してみれば分かるだろう。

　体が動かないだけならまだいい。普段見えないものが見える、音が聞こえる、体の自由が効かず様々な現象を伴いながら襲ってくる恐怖に気を失う者もいるだろう。私の経験した金縛りはその全てを伴うものだった。

　小学五年生になったくらいにようやく私にも自分の部屋というものが与えられた。それまでは親の隣にベッドが並べられて寝ていたのだがこの日からは部屋に一人きり。

　この頃から環境の変化に強かったのか寝る時も特別寂しいとか怖いと言った感情を一切抱く事もなく適応出来た。

　そんなある日の蒸し暑い夜、私はとんでもなく怖い一夜を過ごす事となる。

　田舎で貧乏だった我が家に当然エアコンというものはない。どれだけ暑かろうが扇風機を回すという方法でしか涼めなかった。その夜は特に蒸し暑く、なかなか寝付けずにゴロゴロとベッドの上を転がっていた。扇風機の回る音と時計が秒針を打つ音のみが聞こえていた。

　ふと目を開ける。いつのまにか寝ていたのだろうか。タイマー設定されていた扇風機はいつの間にか止まり、時計の音だけが部屋に響いていた。

　あれだけゴロゴロ転がっていたにも関わらず不思議と仰向けの体制で体にはしっかりタオルケットをかけた状態で寝ていた。

　寝返りを打とうとした時、ふと違和感に気がつく。

（あれ……体が動かない）

　目は動かせるのだが体は固まった様に微動だにしない。どれだけ力を込めようが指先一つ動かす事が出来なかった。

　こういう時、目だけが動くと言うのも嫌なものでどうしても部屋の中をキョロキョロと見てしまう。ふと気配を感じ、自分の体を見ようと目線を下方向へ向けると白いモヤのようなものが私の体に覆いかぶさっていた。

　その瞬間、体に悪寒が走り冷や汗が噴き出してきた。不気味に響く時計の秒針を打つ音に混じり何か聞こえてきた。

　何だか分からないが何かしらの音が少しずつ我が家に近付いてきている様に感じた。私は耳を澄ましその音がどこから鳴っているのか確認した。

　窓だ。

　ちょうどベッドの向かい側に窓があるのだが、夏場は部屋の熱気が逃げないので、その窓を開けて網戸にして寝ていたのだが、音が聞こえてくるのはその窓。正確に言うとその窓の外側から何か聞こえてくる様だった。

　本来ならば防犯上窓を開けて寝るのは良くない。だが私の部屋があるのは二階で外壁も何かを伝って登れるような構造はしていない。

　その安心感から夏場は開けていたのだが閉めて寝ていればこの先の出来事は起こらなかったのかもしれない。

　少しずつ音が近づいて来ている様に感じる。ゆっくり。でも確実にその音は家に近付いて来ている様に感じた。

　そしてその音の正体が分かるのに時間はかからなかった。

　足音だ。しかも複数人が裸足で走っているようなペタペタという音。その足音が確実に我が家に向かって近付いてきていた。足音は家の前でピタッと止まった。ほんの少し静寂が続いた次の瞬間。

ガタガタ。ガラガラ！

　部屋の網戸が開く音がした。鼓動はこれでもかと早くなり私はガタガタと震えながら強く瞼を閉じた。

（泥棒？だとしてもどうやって登ってきたんだ？）

　パタパタパタパタ

　複数人が窓を乗り越え部屋に入ってくる音が聞こえた。足音に紛れて聞こえなかったが、その侵入してきた何者かはケラケラと子供の笑い声にも似た音を発しながら私の寝ているベッドの周りをグルグルと回り始めた。

　絶対に目は開けない！今起こっている出来事が何なのか分からない。ベッドの周りを走り回っている者が何か気になるが、決して見てはいけない者だと分かっている。

　かつてここまで恐怖に震える事があっただろうか。私はしっかり目を閉じこの恐怖の時が過ぎ去ってくれるのをひたすら待った。

　どれくらい目を閉じていただろうか、ベッドの周りから気配と足音が消えた様な気がした。