きっかけは、昨晩の夢だった。
夢の中で俺は、夜中の廃駅にいた。
ホームに立っていた俺の前に、黒く濡れた毛並みの“何か”が現れた。
犬のような、猫のような、けれどどこか人間の目に近い“あの目”で、じっと俺を見上げている。
「僕はユメカリ。君の夢、ひとつちょうだい。代わりに、他の誰かのをあげる。」
そう囁く声が、頭の中に直接響いた。
夢なんて、どうでもいい。意味なんかない。
そう思っていた俺は、あのとき、軽くうなずいてしまった。
そして朝、俺の記憶が欠けていた。
昨日食べた夕飯も、母親と交わした会話も、ぽっかりと抜け落ちていた。
代わりに俺は、知らない街で、自転車に乗る夢を見ていた。
地面の感触も、風の冷たさも、あまりにリアルで。
それ以来、俺は夜ごと、誰かの夢を見た。
知らない家族。知らない戦争。知らない別れ。
夢はだんだんと鮮明になっていった。
まるで、その人間の“人生”を、なぞるように。
「春人、最近ちょっと変よ」
母がそう言ったのは、三日目の朝だった。
その頃から、俺は“自分”が曖昧になっていた。
好きだったゲームも、味の好みも、少しずつズレていく。
“自分じゃない誰かの価値観”が、日常ににじみ出してきた。
冷蔵庫にあったはずの牛乳が、別の場所に移されていた。
母の口癖が、知らない言葉に変わっていた気がした。
母の作る味噌汁が、知らない女の味になっていた。
ある夜、俺は夢の中で、男に殴られた。
頬を殴られた感覚と、折れた歯の痛みを、現実の朝まで引きずっていた。
鏡を見ると、頬にうっすらと青アザができていた。
俺の夢じゃない。
でも、その傷は俺の体についていた。
























最初に夢って出てきたときは将来の夢と思っていた