「なんか、背後に“気配”を感じたんだよね。言葉じゃ説明できないんだけど、確実に“何か”がいるって感覚。……それも、すごく近くに」
部屋には誰もいないはずなのに。そう思いつつも反射的に振り返るが、当然のごとく何もいない。それでも、その場から立ち上がることすらできず、椅子に座ったまま、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
「重たい空気っていうか、息が詰まるような、変な感覚が残ったんだけど、10分くらいしたら何事もなかったかのようにスッと消えてさ。まぁ多分気のせいだろうと思って、結局そのまま記事も完成させたし、公開もした」
その後、特におかしなことは起きなかった。
夢にその画像が出てくるわけでもないし、体調を崩すこともない。
……ただ、“何か”に見られている感覚だけは、しばらく続いたという。
「でね、そんな出来事があった数ヶ月後、たまたまだけど、ある霊能者の人と会う機会があったんだよ」
友人の紹介で、信頼できる人物だという。田山さんは、軽い気持ちで例の出来事を話してみたそうだ。
「そしたらさ、その人、すごい顔で言うわけよ。『おそらく、劣化した画像のせいでしょう』って」
* * *
わたしは思わず訊ねました。
「……え? 画質が、悪いから?」
「そう。普通、データって劣化すればするほど価値がなくなるじゃん。でもさ、“呪い”とか“穢れ”に関しては、むしろ逆らしいんだよね」
霊能者によれば、呪いというのは“積層する”ものなのだという。
それに触れた人間の恐怖、不快、嫌悪……そういった感情が、まるで静電気のように画像に纏わりつき、時間をかけて蓄積されていく。
実際の呪物や呪具の類も、年季の入ったものや、大勢の手元に渡ったであろうものほど呪力が強いと言われるが、これはデジタルデータに関しても言えることだという。
何度も転載され、多くの人間に見られ、嫌がられ、怖がられた画像は──最初よりも、遥かに強い“何か”を宿すようになるのだと。
「劣化した画像って、たくさんの人が“見てしまった”証なんだよね。だから、そのぶん“憑いてる”ってこと」
田山さんは、ぎこちない笑みを浮かべながらそう言いました。
「それ以来、俺は画像を扱うときはなるべく高画質のもの、つまり“まだあまり見られてないやつ”を使うようにしてるんだよね。劣化しているものほど、呪われちゃっているからさ」
田山さんの笑顔に気圧されて、わたしは頷くほかありませんでした。
* * *
オフ会のあと、田山さんとは連絡を取っていません。
それどころか、あれほど長時間話していたはずなのに、彼の顔も声も、妙に思い出せないのです。
……それなのに、あの言葉だけは、今でも耳にこびりついて離れません。
「劣化しているものほど、呪われちゃってるからさ」
ネットでたまに見かける、ぼやけた恐怖画像や、不鮮明なスクリーンショット。
ダビングを繰り返したかのような、妙にザラついていて、誰が撮ったのかも、何が写っているのかも分からない映像。
そういった、劣化したものを見かけるたびに、あの言葉が頭をよぎるのです。
霊感ない人でも気配とか感じることあるんだ。
怖いな。