数年前の話だが、実は私にも彼女がいたんだ。顔も性格もよく、真面目で勤勉で、文句の付けようがないパーフェクトヒューマンだった。でも、事故で死んだ。飲酒運転のトラックにはねられ即死だったらしい。
彼女の墓は新潟にあり、千葉県の下の方に住んでいる私にとってそう簡単に行ける場所ではなかった。
ところが3ヶ月ほど前、色々な事情で富山に引っ越すこととなった。その日から毎週のように墓参りに行き、彼女の好きだったユリの花を添えて帰ってくる生活を送った。
昨日も、その墓地へ行った。線香を焚き、ユリの花を花瓶に挿して、黙祷を捧げていた。
黙祷を終えパッと目を開くと、墓地の出口の方に人影が見えた。黙祷の前はそんな人影なんてなかった。だがあまり気にすることもなかった。その墓地は人通りが多いからだ。
その人影に近付くにつれ、すすり泣くような声が聞こえてきた。ただ私も初めてこの墓地へ来た時は思わず泣いてしまって、たまたま居合わせた寺の住職にハンカチを貰った思い出があるので、気の毒にしか思わなかった。
その人影に近づいていくと、私は目を疑った。そいつは服を着ていなかったのだ。全裸で、墓の前ですすり泣いていた。礼儀もへったくれもないその様子を見て、近付こうと思う人は居ないはずだ。
私は迂回ルートを通り出口へ向かおうとした。墓地で全裸になるという明らかな死者への冒涜に腹が立ったが、なにか事情があるのかもしれないし、関わりたくないの気持ちの方が強かった。
やがて出口へ近づくと、後ろからパキッ…と、枝を踏む音が聞こえた。コツ、コツ、という足跡と共に。
男は私に着いてきていた。男は満面の笑みを私に向けていたが、目からは涙がツーと垂れていた。そして、私に手を振りながら走ってきていた。
体が勝手にその男から走って逃げだした。幸いあまり足が早い男ではなかったので、追いつかれる前に車に乗り込むことが出来た。
しかし何故かエンジンがかからない。何回エンジンをかけようとしても反応はなかった。
そうこうしている間に、男に追いつかれた。男は車のフロントガラスに張り付くように顔を押し当て、涙を垂らしていた。こちらを見下すように目をかっぴらいて、何かボソボソと呟いていた。
私はエンジンをかけようとしたが、手汗のせいで上手くいかない。それでもやっとの思いでエンジンをかけることに成功すると、男は吹っ飛ばされるように車から離れた。
しばらくは男は手を振って追いかけてきたが、高速道路に乗ったら撒くことができた。全裸の男が走っているというのに、誰も見向きもせず、通報もしないのが不思議だった。
※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。