札に書かれている字のうち、漢字に疎い私が知っている字は「子」だけだった。でも何故か、私はそれの読み方がわかった。「コクルイコウシ」だ。当たり前のように読めてしまい、知らない漢字であることに気が付かなかった。問題はその直後、
「カランカラン…」
と、岩が割れるような音が鳴ったのだ。
その音は間違いなく、玄関の前から聞こえていた。先程の駅前でのことが一気にフラッシュバックした。この時点で既に、何かまずいものを家へ運んできたことを察した。
「ドンッドン」
と、今度は寝室の壁が叩かれ出した。
叩いているのは一人じゃなく、最低でも十数人はいると思う。そもそも人という単位を使っていいのかもわからない。ここはマンションの五階で、ベランダはリビングについている。寝室の窓には転落防止の柵があるのみだ。つまるところ、私は今人ならざるものに包囲されているのだ。
あの時のように、奴らはまたボソボソと呟いている。でも、今度は何を言っているのか聞き取れた。それは私の名前だった。私の名前をボソボソとつぶやく声が部屋中に響く。窓を見る勇気はなかったが、生まれて初めて視線が形を持っているということを実感した。
視線が脳天を貫く度に頭が痛くなる。空気はヘドロのように重く、ドロっとしていた。もう三十になる立派なおじさんだというのに、恐ろしくて泣いてしまった。
限界を感じた私は毛布とお守りとスマホを手に取って、ベッドの横の押し入れに隠れた。親もおかしくなっているなら効果はないだろうが、一応親にもメールで現状を伝えた。通報してもおかしくなった警官が家へ来るだけなので、八方塞がりだろうが。
……そんな時だった。玄関のドアがキィーと音を立てて開いた。
私は上京して一人暮らしだし、なんならさっき鍵もちゃんとかけたはずだ。それなのに、さっき玄関のドアは明らかにキィーと音を立てて開いたのだ。
寝室の壁を叩く音は一層激しくなり、悲鳴や先ほどの石が割れる音も混じり出した。スマホにはノイズが走り、お守りはあのお札のように黒く変色していた。
「チガウ、ナイ チガウ、ナイ チガウ、ナイ」
玄関からそう聞こえてきた。低い、70代のお爺さんみたいな声だった。もう家にいるのが人間ではないことを確信したが、スマホにノイズが走り誰にも連絡できなかった。コツコツという足音が少しずつ寝室に向かってくる。
「チガウ、ナイ チガウ、ナイ チガウ、ナイ」
ヤツの足音と声が近づいてくる。ヤツはリビングにいるようだ。今気づいたのだが、ヤツはリビングにある押し入れやタンス、引き出しなどを漁っているようだった。
「チガウ、ナイ チガウ、ナイ チガウ、ナイ」
と淡々に声に出すその様子に、もはや涙は枯れ果て、息を殺すしかできることはなかった。圧倒的に自分より強い存在が自分を探しているのに、逃げる道がない。押し入れを飛び出して窓から出てもここは五階なので、脱出はできない。こう悩んでいる間も、ヤツの足音は近づいてくる、
やがてヤツの足音は、寝室のドアの前まで来ていた。そして、ヤツはそーっと寝室のドアを開けた。
その時だった。
「イヒッフッフッフッ、アッハハハ!!
ミツケタ!ミツケタ!ミツケタ!ミツケタ!」
フッと壁を叩く音は消え、視線は無くなった。そいつは笑いながら走りだし、押し入れの方へ走ってきた。低い声は女児のような、かつ老婆のような声に聞こえた。もはや息を殺すことさえしなくなり、枯れ果てた涙がもう一度流れ落ちた。























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