後悔と…
投稿者:えんたーさんどまん (1)
「どこをどうやって帰ったか、全く覚えてない。けど、泣き喚く私をケイくんがずっと抱いてくれていたのは、うっすらと覚えてるんだ」
アイルさんは強く息を吸い込みながら両手で顔を覆って、ふーーーっと吐いた。
「…ケイくんにしか話したことがない、私の後悔と懺悔…。最後まで聞いてほしい」
何かを確かめるかのように、独り言のようにつぶやく。
俺は「はい」と小さく答え、八潮も無言だったがしっかりと姉を見ていた。
「…あれは、チエだった。あの時、私に帰れと言った、チエの目だった」
顔を覆ったまま話すアイルさんの声は、涙をこらえるかのように、潰れた声だった。
「私があのとき怖がらずに、大井に霊がついていることを伝えていれば…チエに帰れと言われて、怒らずに向き合っていれば…何か違ったかもしれない…。チエだったら、絶対信じてくれたのに。向き合ってくれたのに。親友を心の底で信じきれていなかったのは、私の方だったんだ」
何と声をかければいいのかわからなかった。
少しの間、重苦しい無言が空間を包んだ。
「…まぁ、業ってやつだよな」
言いながら、アイルさんの空のグラスにワインを注ぐ八潮。
「業?」
俺のグラスにも注ごうとしてきたので、片手でそれを制しながら聞く。
八潮はチッと舌打ちしたあと、続けた。
「そう。友達を信じずに真実を告げられなかったのは姉貴の業。その姉貴の忠告を無視してヤバい話に乗ったのは、友達の業」
「つまり?」
「あー…だから、気にすんなってこと」
なんじゃそら…と思っていたら、アイルさんがバッと顔を上げてワインを一気に飲み干すと、「本当、あんたは人を慰めるのが下手!オヤジと一緒!」と一喝した。
「うるせーよ。あいつほど鈍感じゃねーわ」と応戦する八潮。
ワインって一気に飲み干すものだっけ?と、関係のない部分に呆気に取られる俺。
ままあって、ドッと笑い声が溢れた。
酔っ払いとはかくも迷惑なものである。
「うるさい!!!ちーくんが起きる!!」
と、寝室から顔を出した八潮母の怒声が響き、それに驚いたらしい末っ子ちーくんの泣き声も轟く。
やれやれ…といった様子で、アイルさんが寝室へ向かう。
その途中、「私、チエの分まで幸せになるよ」と、こちらを振り返らずに言うアイルさんの言葉に、俺と八潮は顔を見合わせて笑った。
アイルさんが幸せになること。それが、せめてもの供養になるのかもしれない。
チエさんが、どのような経緯を辿って「人ならざるもの」になってしまったのかは、誰にもわからない。
だがこの広い世の中には、人をタールのような禍々しいものに変えてしまう…そんな穢れた人間もいるということを、忘れないでほしい。
ハイリターンの話には、必ずハイリスクがつきまとう。
若い魂が、決して、悪魔の甘言に騙されないように…。
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