俺にしか見えない影の話
投稿者:ねこじろう (147)
新聞を読む高齢の男性、
そして窓際のテーブルで外を眺めているのは、鈴木さんだ。
鈴木さんは俺の隣の病室で長く入院している方で、今年80になる女性。
身寄りのない方らしくて、会う度に
「私なんかもうそろそろお迎えが来るから」
というのがお決まりのセリフだ。
俺はしばらく室内の様子を眺めると、一旦視線を外す。
そして再び同じ方を見た時だった。
何だろうか?奇妙なものが視界の端に入る。
それは窓際に座る鈴木さんの背後。
そこに黒い人影みたいなのが立っている。
その人型をしたシルエットは老婆の真後ろで、ただじっと佇んでいる。
そしてその顔部分をよく見ると、無表情な青い顔が透けて見えていた。
瞬時に俺の脳裏には、事故に遭い死線を彷徨っていた時に現れた黒い人影を思い出した。
俺はしばらくそれに釘付けになっていたが、やがてそれは周囲の光景と同化するかのように溶け込み消えた。
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そして翌朝、検温と朝食の後また車椅子でレストルームに行きテーブルでコーヒーを飲んでいる時のことだった。
傍らの廊下を白いシーツが被せられストレッチャーに乗せられた人が数人の看護師に囲まれながら進んで行くのに気づく。
先頭の看護師が険しい顔で「しっかりしてくださいね」と声をかけている。
どうやら急病人のようだ。
そして通り過ぎていく一団を目で追っている時だった。
俺ははっと息を飲む。
廊下の奥にある集中治療室に向かう一団の最後尾に、またあの黒い人影の姿があった。
そいつは看護師たちに囲まれ進むストレッチャーの背後を付いていく。
それは歩くというより水面を進む水鳥のようにスーッと移動していき、最後は治療室の中へと消えていった。
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