おーいさん
投稿者:埜威 (8)
おーい おーい
一定の感覚で聞こえる声の主をライトで探した。先にも書いたがこういう事は気付かない振りをするべきだ。なのに、わかっているのに探してしまった
ライトの範囲は狭く、中洲全体を照らすのは無理で。私はライトをグルグルと回して中洲の全体を少しずつ確認した。ライトの先に最初に見えたのは、叢の中に立つ下半身だった。そのままライトを上に向けるとその足が男性の物だとわかる
轟々と流れる川の真ん中に雨の中立っている男性。それだけでもおかしいのに、その男性が眼鏡をかけていてニヤニヤ笑っているのが見えた
見えた。と言うのもおかしなもので、私は乱視が酷く雨の夜は特に灯りが乱反射してよく見えない。運転は必ず眼鏡使用なのだが、その顔は何故かハッキリと認識出来た
ニヤニヤと笑いながらおーいおーいと手を大きく振っている。そこまで見て漸く私の頭が正常に動いた
見てしまった。見ている事を知られてしまった。そう思うと自分のやった事を後悔しても、もう遅い
私は早足で遊歩道を曲がり、川の方向には目を向けず本当に一心不乱に家に向かう
50m程進んだ時また、まるで真横の川にいるような近さで
おーいおーい
と聞こえた。その場所に中洲は無い。なのに川の中から声が聞こえる。今度は無視してそのまま歩く。雨足が強くなって足元がビシャビシャと水溜まりに入っても気にしない。とにかくここから早く逃げなくては
段々と呼び掛ける声が小さくなる。遠くなっている事に少しの安堵を感じたその時
おーいおーい
また真横の川の中から声がする。それを繰り返すうちに家が見えてきた。このまま家に入っていいものか?と少し悩んだが、そうも言っていられない
私は玄関先に傘を放り投げると急いで台所に走り塩を鷲掴みにして玄関から外にぶちまけた
それが正しいのかわからない。ただ、昔から変な事変な物を感じた時は塩を玄関から撒いていた。確か亡くなった祖母にそうしろと言われた気がする
その日はその後呼び掛ける声は聞こえなかった。その日は、だ
あの夜から現在まで雨が強く主水門が開いて川が増水する夜は遠くの川の方向から
おーいおーい
と呼ぶ声が聞こえる。今では聞こえたとて何とも思わない程度にはなった。なったのだが今でも聞こえるのだからまいった
お互い認識してしまったのだから仕方ない。私は下に書く、心の引っ掛かりもあって今では
おーいさん
と呼んでいる。呼んではいるが呼び声が聞こえる時は絶対に反応しない事にしている
そろそろ梅雨の時期だ。今から憂鬱である
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後日談というか前日談というか。この心の引っ掛かりが果たして「おーいさん」に繋がるかは不明だが、一応書いておく
家の目の前なので、私が生まれて何十年もこの川で水難事故があったなんて話は聞いた事は無い。水難事故は、だ
私が小学生の頃、近所の子供達が「お化けアパート」と呼んでいた古い木造のボロアパートがあった。そこに祖母の友人(祖母よりかなり年上)とその息子さんが住んでいた。後に知るがそこは生活保護を受けている人が住んでいたらしい。なので息子さんは今で言う引きニートだったのだろう
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