小さな神様
投稿者:綿貫 一 (31)
山中の、ぽっかり開けた小さな草原のただ中に、僕らはいた。
もう間もなく陽が沈む。
夏の、長い昼の時間が終わる。
夕陽が世界を紅く染め上げ、じわりじわりと炙り続けている。
影絵になった木立の向こうから、夜気を含んだ風が吹き、ヒグラシの輪唱を運んでくる。
じき夜になる。
僕はひとり立ち尽くしていた。
目の前には、彼女が横たわっている。
彼女の左胸からは、ナイフの柄(え)が生えていた。
生命力に溢れた背の高い夏草を額縁にして、彼女は永遠の静物画だった。
足元でショウリョウバッタがバネの爆(は)ぜるような音をさせながら跳び上がり、一瞬、僕の視界を斜めに横切ると、そのまま視界の外へと消えていった。
僕はただ呆然と、彼女の死を鑑賞していた。
――もぞり。
不意に、わずかに開いた彼女の口の隙間で、何かが蠢(うごめ)いた。
もぞり。
もぞり。
這い出してくる。
ああ――虫だ。
※
※
「もし、神様や仏様がいるなら、それは虫のような姿をしているって思わない――?」
その日、デートで訪れた北鎌倉のとある寺院で、仏像を眺めながら彼女は言った。
今日はいったい何を言い出すのかと、内心ワクワクしながら、それでもわざと素っ気ない口調で「なぜだい?」と僕は尋ねた。
「だって、神様は光り輝く姿をしているんでしょう? 人に似た姿でそんなの不自然だわ。
コガネムシやタマムシの方が自然じゃない」
「きっと、紅白に出演する演歌歌手みたく、キラキラした服を着ているんだよ」
彼女は気にする様子も見せず、次のボールをサーブする。
「神様は人々を救うために、多くの手を持っているんでしょう? 人に似た姿でそんなの不自然だわ。
クモやムカデの方が自然じゃない」
不思議な彼女。