・・・それからしばらく日が経ってからのことだ。
いつものように、つまらない仕事から帰宅した俺は、ボロアパートの玄関を開けた瞬間に違和感を覚えた。
和風出汁の良い香りが部屋の中からゆらりと鼻をくすぐったのだ。
どういうことだ?・・・おふくろ・・来たのか??
しかし部屋の中は電気もついておらず、もぬけのから・・
薄明かりのなか、居間のテーブルの上に見慣れぬものがある。
「鍋」。
そこそこ大きい。こんな鍋はわが家にない。
なんだ?気持ち悪い。こわい。
警察を呼ぶべきか?
いや、もし身内の誰かの仕業なら多方面に迷惑がかかるしな・・
とりあえず鍋の中身を確認してから判断しようか・・・
仕方なく、男は部屋の電気をつけて、時計の秒針のようにゆっくりとした歩みで鍋に近づく。
猫の死骸とか入っていたらどうしよう。
色々な悪い予感が頭をもたげる。
・・・いや、動物の死骸どころか、生きているナニカの可能性もあるよな?
男は 鍋の中身が襲ってきても対処できるような間合を取りつつ、腕を伸ばして鍋蓋の取手をつかむ。
そして後ろに跳ねつつ、パッと蓋を開けた。
襲っては来ない・・・
再度、鍋に近づき中身を覗く。
おでん・・・
牛すじ、はんぺん、大根・・・旨そうではある。
だが、実家のおでんは関東風だ。牛すじは入らない。
・・・こいつは「イレギュラー」だ。
おふくろじゃない。
いったい誰が・・・
その後、ベッドの下や天井裏など隅々まで家探しをしたが、不審人物はいなかった。
さて、この状況どうしたものか。
とりあえず落ち着こう。
よし 酒だ。
冷蔵庫から日本酒と米焼酎を取り出す。
それをジョッキにと1:1の割合でなみなみと注ぎ、氷をぶちこみ、グイッと一飲みで空にする。
宮地オリジナルブレンドだ。
瞬時に胃は熱くなり、脳はアルコールにとろけていく。
・・・ああ、ちくしょう。もう怖いものなんてねえぞ。
男は台所からオタマを持ち出し、おでんのスープを啜った。
「う・・旨い!!これはたまらん!!」
ジョッキに再び宮地オリジナルブレンドをこしらえ、おでんを肴に独りで宴を始める。
牛すじ旨い。
大根ほろほろやさしい。
餅巾着ありがたい。
酒はどんどん、すすんでいく。
男は思う。
俺は部屋の侵入者を不審人物だと思っていたが、これは違うんじゃないだろうか。
こんな旨い鍋をもたらしてくれる人物は素晴らしい人だ!!
(※そんなわけはないのだが、変わり映えのない生活と嫌いな仕事に精神を蝕まれていた彼は、酒と現実逃避を追い風に、劇的な浪漫思考に飛び込んでしまったのだ。)
そして男は決意した。
「・・・そうだ 会いに行こう」
何だか最後までわからない話ですね。