鍋の作り主のアテもなく外に出ようと玄関に行くと、先程は気付かなかったが、自分のものではないスニーカーがある。
しかも、片方だけ・・・
これは・・・そうだ・・・峠で見た・・・
「ああ・・・廃墟・・・そこで俺を待っているんですね・・・」
彼はそのスニーカーをやわらかに拾い上げると、いとおしげに撫でながら峠へと歩いて行った・・・
・・・さて、
こうして彼の人生の黒歴史がその時動いたわけだが、
それから遡ること数日前のこと・・・
とあるスポーツショップで、若い女が安売りセール中の運動靴を物色していた。
「今回は何を作ろっかなぁ・・そうだ!おでんがいいわよね!!」
・・・アタシには趣味がある。
それは料理。
特に最近は鍋をこしらえるのにハマっている。
秋が近づいてきて少しずつ冷えてきた今日この頃、
夕飯がほっかほかの鍋なら最高よね。
そんなアタシの鍋作りには、こだわりがある。
・・・それは手の込んだ下準備にある。
まずは新品の靴を調達。
それを一足、片方だけ交通量の少ない車道に置いておく。
初日は綺麗だが、翌日以降、車に踏まれて段々と黒くなっていく。
その様を眺めるているのもまた料理の醍醐味だ。
それだけで時間が経つのも忘れる。
もちろん、それで終わりではない。あくまでこれは釣り餌。
稀にだが、この餌に興味を持った者が近づき、まじまじと興味深げに餌を観察するのだ。
その瞬間から、そいつは私の獲物となる。
・・・今回は安物のスニーカーを購入した。
ちゃんと自分の足のサイズに合致したものを買うことにしている。そのほうが趣深いから。
ちなみに餌を置く場所は毎回変えている。
このスニーカーは、とある峠道に置くことにした。
特別ここを選んだ理由はないが、
ちょうど良いことに、道路を観察しやすい位置に廃墟ホテルが建っていた。
そこで廃墟の2階の窓辺から、心を躍らせながら獲物が餌に食いつくのを待った。
獲物が現れたのは靴を置いてすぐのことだった。
まだ靴は一度も踏まれていない。
心の中で軽く舌打ちをした。
いつもならあまりに早く獲物がかかった場合、
あえてその獲物は見逃し、ある程度まで靴が汚れるのを堪能することにしている。
しかし、この廃墟の中は、
誰かに見られているような、なにか気味の悪さを感じるため長居する気になれない。
どうやら場所の選定を誤ったようだ。
渋々ではあるが、あの獲物で妥協することにした。
獲物は30代前半くらいの男。
おあつらえ向きに仕事帰りのようだ。
アタシは、気付かれないように獲物を家までストーキングした。
家の玄関に入るところまでしっかり見届けることが肝要。
アパートで、おそらくは一人暮らし。当たりだ。
あの部屋で鍋を作ろう・・・
・・・独り者の家に、家主不在のあいだに入り込み、料理をする。
それがアタシの崇高な趣味。
何だか最後までわからない話ですね。